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山口ミルコのジャズひと観察
第9回

「私の音楽を、そのまんまきいて。感じるままにーー」
彼女の声がこだまする。
彼女の声とはマリアの声だ。
私はマリア・シュナイダーの話を聴いていた。
2012年12月19日、彼女の初来日公演(ブルーノート東京)中にトークイベントがあった。
多くのリスナーはもちろん、日本のプレイヤー、作編曲家をめざす方々の糧になるであろう貴重なレポートはこの神戸ジャズサイトで読むことができるので、その内容のついてはそちらに譲ろう。

私がブルーノート東京に到着したとき、すでにマリア・シュナイダーのトークショーは始まっていた。
暗闇のなか席につくと、ある匂いが鼻についた。
表現者の匂いがする。
私はいつどこでもそれを即座に嗅ぎつけることができるが、こと濃厚な香りを放っている、誰かが、いる。
顔を上げると、正面に金髪のマリア。そしてその手前に黒髪のひとーー髪の長い痩せた女性が、浮かびあがる。
孔雀のようだ。
過剰な何かを、抑えきれず見事な羽を拡げている。
あきらかに、空間からはみだしている。
華やいだ存在感をもつ一方、マリアの話にうんうんと頷きながら熱心にメモを取る姿は子どものようでもあり、私は彼女から目が離せなくなった。

ブルーノートの暗闇で私が見詰めた孔雀のようなひとは挾間美帆だと、繋がるのは少しあとのことだった。
私は先日リリースされた彼女のデビューアルバムを何度も聴いていたし、挾間美帆さんといえば数年前、山野ビッグバンドジャズコンテストに自らのアレンジでピアニストとして優秀ソリスト賞を取り話題をさらったことも記憶にあたらしい。国立音大卒業後に渡米されるときも、私の周りのビッグバンドファンが騒いでいたので、一度ライブに行きたいと思いながらもそのままになっていた。

傍で彼女のまとう空気に触れたがために、私はがぜん彼女に興味が湧いた。
それから改めて本人と会うまでに、さほど時間はかからなかった。
縁があるときというのはこういうものだ。
2013年1 月31日、六本木STBスイートベイジルでのリーダーライブに伺う。
美しいヴィジュアルに新進気鋭の才女であることに間違いないのだが、そのイメージが先行しすぎているのではないかな?と思えるほど、実際の狭間さんはまことに可憐で可愛らしく、情熱溢れる若さを放ち、ぺったんこ靴にノンアクセサリー、ステージ衣装はアルバムジャケットと同じというのも個人的にはいっそう好感がもてる。ステージ全編、着替えなかったことも付け加えておく。
そのうえライブはじつに楽しいものだった。
「ただ、ただ、楽しい」って、最近思ったっけな?
それは何が起こるかわからない楽しさと、このひとは何かを必ず起こしてくれると分かっちゃった楽しさ、両方だ。
彼女はマリア・シュナイダーと同じくジャズ作曲家という立場で楽団を率い(この日は弦カルテット、リズム隊、ホルン含む管4本にヴィブラフォンという編成)、コンサートではプレイヤーではなく指揮者としてステージに立っているのだが、挾間の手になる楽曲はどれも、複雑かつジャズファンの意表をつきアルバムで聴いたときよりそれらはライブで、熟達プレイヤーらの即興力も得て想像以上の冴えを見せてくれた。
ファーストステージは時間飛行に出たようで、休憩中にワクワクしてセカンドセットを待つのも新鮮だった。席に着いてカウントダウンをきく私たちは冒険家だ。
What will you see when you turn the next corner?
これから、どこへ連れていかれるのかわからない、旅に出る。
凪いでいた海が突然、荒れる。
あっちこっちから、意外なものが飛んでくる。
思ってもみないことが突然降りかかってくる。
これぞジャーニーtoジャーニー、まるで遣唐使船に乗っているような、グレートジャーニー。
「私の音楽を、そのまんまきいて。感じるままにーー」
こだましていたマリアの声は、ステージで “はっちゃける” 挾間美帆に重なった。

ARTIST INFORMATION

[ Live Photo : Masanori Doi ]

挾間美帆[作編曲家]

東京フィルハーモニー交響楽団、兵庫芸術文化センター管弦楽団、東京佼成ウインド オーケストラ、シエナウインド オーケストラ、ヤマハ吹奏楽団などに作編曲作品を提供。「題名のない音楽会」出演、自身のグループ「m_unit」など、幅広く活動。2012年マンハッタン音楽院大学院卒業。2013年には山下洋輔氏プロデュースによる東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート「ジャズ作曲家宣言!」を開催。またデビューアルバム「Journey to Journey」が雑誌「JaZZ JAPAN」が選出する、アルバム・オブ・ザ・イヤー~ニュー・スター部門を受賞。

Album Information
Journey to Journey
ジャンルを越えて活躍中の挾間美帆、鮮烈な“ジャズ作曲家”宣言!

国立音楽大学在学中から超逸材として注目されてきた挾間美帆。そんな彼女がアメリカ留学を終え、帰国と同時に多くの期待を一身に集め昨年11月にCDデビューを果たしました。活況を呈しているとは言いがたい日本のジャズ界に、この若いアーティストは何をもたらしてくれるのか? “Journey to Journey”。その答えはこのアルバムの中に収められています。

山口ミルコ

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリー。文筆を主に芸能・文芸メディアのさまざまな企画にかかわっている。近況は、ミシマ社の「ミシマガ」連載エッセイ「ミルコの六本木日記」に。
最近の著書:『毛のない生活』山口ミルコ著(ミシマ社)