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山口ミルコのジャズひと観察
第10回

" ものんくる "が、「ホッホぐるぐる」だ。
「ホッホぐるぐる」とは、翻訳家・岸本佐知子さんのエッセイに出てくる私の気に入りの言葉で、同じ曲が何度も心に浮かび、その曲が繰り返し体内で鳴ってやまない症状をこう呼んでいる。
" ものんくる " とは、バンド名。角田隆太さん(リーダー・b)、吉田沙良さん(ボーカル)、瀬田創太さん(pf)、西村匠平さん(dr) の4人で、2011年から活動しているらしい。
横浜モーションブルーの大伴さんから、「ミルコさんにこれを聴いてほしい」ときたのが春先。
アルバム『飛ぶものたち、這うものたち、歌うものたち』のサンプル盤が届いたのは、それからまもなくのことであった。
プロデューサーは菊地成孔さん、ものんくる4名に加え、レコーディングにはホーンセクションで平山順子さん(as)、石川広行さん(tp)、上杉優さん(tb)、小林豊美さん(fl)、菊地さんも私の大好きな一曲「フラワー」で、ソプラノサックスのソロを聴かせてくれる。あたりまえだがあの演奏はこの方にしか、できない。

私は基本、CDはクルマに乗った時しか聴かない。クルマで遠出する時に新譜をまとめて積んで出る。
ある日、" ものんくる "をかけた。
聴き進めるだに、「これはただごとではない」と思った。
胸を打たれるとはこういうことだ、そういえば。
歌の力、音楽の力が、凄い。
真正面から聴く者に向かってくる。
たましいに打ち込んでくる。
ハンドル握りながら、涙がもりあがって目の前がくもって、困った。

がぜん " ものんくる " に会いたくなった。
さっそく制作のアベさんに連絡する。
そして夏の平日の午後、" ものんくる "リーダーでベーシストの角田隆太さんと、ヴォーカル吉田沙良さんと、お茶をのんだ。

自由ヶ丘駅改札口で、はじめましてこんにちわといい、お店に向かった。
沙良ちゃんは想像の50倍、可愛い。
毛並みのよい小動物のようで撫でたくなる。
角田くんは、もの静かな若い紳士。
こないだまで某大学でビッグバンドをやっていて、山野のコンテストにも出ていたというから、私の後輩だと言えなくもない。
私がダイレクトに感想を伝えると、彼らもアルバム一曲ずつについてエピソードを話してくれた。
その内容は、あとにまとめる。
この日わかった大事なことは、角田隆太は、吉田沙良に出会って、作詞をするようになったということ。
会うまでは、書いていなかった。
なのに出会って書いたら、あの出来だ。
「授かりもの」なのである。
このヴォーカリストなら世界を伝えてくれると、彼女の存在が角田 隆太という表現者を目覚めさせた。
こういうことが、生きていると起こる。
このミラクル発生に、年齢は関係ない。
子どもに発生することもあるし、晩年に迎えるひともいる。
この若者たちが起こす奇跡に、今後も目がはなせない。

ARTIST INFORMATION
ものんくる[J-pop]

2011年1月に角田と吉田を中心に結成。翌年1月に行われたmotion bulue yokohamaでの単独ライブは、結成1周年にして400名余を動員した伝説のライブとなった。アルバムのリリース決定後、菊地のイベント「モダンジャズ・ディスコティーク」並びにTBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」出演、紹介されるや否や大きな反響を呼ぶ。

[ Photo : Kamo Fukagawa ]

Album Information
ものんくるニューアルバム「飛ぶものたち、這うものたち、歌うものたち」
アンファン・テリブル(恐るべき子供)鬼才菊地成孔のプロデュースによって遂にデビュー!!

美しいオーケストレーションによって紡がれる、童謡のような、古いジャズソングのような、シティ・ミュージックのような、しかし残酷なまでに深遠な世界観のソングライティング。それを完璧な演奏力と歌唱力で縦横無尽に表現する若きメンバー達。

山口ミルコ

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリー。文筆を主に芸能・文芸メディアのさまざまな企画にかかわっている。近況は、ミシマ社の「ミシマガ」連載エッセイ「ミルコの六本木日記」に。
最近の著書:『毛のない生活』山口ミルコ著(ミシマ社)