ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドを聴こう1ーカウント・ベイシー1

ビッグバンドにもいろいろある。ひとりの人気者を盛り立てるためのバンドもあって、そういうのはいくら人数が多くても、その本人以外は全員添え物であり、「○○○○とその他大勢」という感じである。逆に、誰が音楽的なリーダーなのかわからないようなバンドもあって、そういうのは音楽的求心性にとぼしく、意外と魅力がなかったりする。何十年と続いている老舗バンドもあれば、一回こっきりのリハーサルバンドもある。今回から、私が考える「おもろいビッグバンド」を私なりの観点からご紹介したい。一回目はカウント・ベイシー。

そう……あの目と目のあいだがやけに離れている、「じゃりん子チエ」に出てくる「ヒラメちゃん」みたいなおっさんである。ときどきピアノで、コン、コン……と異常なまでに省略された音数を弾くだけで、作曲もしないし、アレンジもしない、ほとんどソロもしないあのおっさんが、なんで偉いんや、と思っているひと、多いでしょう。しかし、あの目と目のあいだの離れたおっさんが、じつはめちゃめちゃ偉い人物なのだ。また、ベイシーナンバーを演奏している学生バンドのなかには、ベイシーはアレンジが簡単だし、曲がわかりやすいし、教科書みたいなもんだから、ちょっとダサいけど、初心者の最初の入門編としてしかたなく演ってる……みたいなひともいるかもしれない。それは大きなまちがいである。今回から三回にわたって、カウント・ベイシーの魅力に迫ろう。

もともとはカンザスシティで生まれたバンドである。カンザスシティというのは、ミズーリ州とカンザス州にまたがっているが、ここでいうのは「ミズーリ州カンザスシティ」である。一九三〇年代、この土地は享楽と犯罪の街だった。というのも、トム・ペンダーガストというボスが牛耳っていたからで、当時は禁酒法があったにもかかわらず、カンザスシティだけは酒は飲め飲めという状態で、しかも、林立するジャズクラブはどこも朝まで終夜営業していたのである。つまり、朝まで演奏できるバンドがたくさん必要だったわけで、そのひとつがカウント・ベイシーのバンドだったのだ。なにしろ毎晩「朝までコース」なので、ちまちました凝ったアレンジをちょこっと演っているようではすぐにネタがつきてしまう。その結果、カンザスシティのバンドは、ビッグバンドにもかかわらず、個性あふれるアドリブソロと、自然発生的なリフ(いわゆるヘッドアレンジというやつですな)、そして強烈なリズムが特色となった。なにしろ、譜面なんかほとんどなかったらしい。テナーサックスのハーシャル・エヴァンスは譜面が読めなかったそうだ。今、もしビッグバンドに所属しているプロミュージシャンで「譜面が読めない」メンバーがいたら、ただちにクビだろうが、当時のカウント・ベイシーバンドではそれでOKだったのである。ハーシャルは、レコーディングのときに「俺の譜面がなくなった」と大騒ぎし、あとで「ああ、あれはトイレに流したよ」とうそぶいていたらしい。豪傑ですな。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
http://www004.upp.
so-net.ne.jp/fuetako/
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