ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドを聴こう1ーカウント・ベイシー1

当時のベイシーバンドは完全なソロイスト集団であって、アンサンブルの妙やアレンジのかっこよさなどよりも、矢継ぎ早に登場するソロイストたちが次々と繰り広げるエキサイティングなソロが聴衆にアピールしたのである。なにしろ、テナーサックスには即興の天才レスター・ヤングとテキサステナーの元祖ハーシャル・エヴァンスがおり、ほかにもバック・クレイトン、ハリー・スイーツ・エディソン、ディッキー・ウェルズ、アール・ウォーレン(世界一のリードアルトと呼ばれた)、ジャック・ワシントン……といった名手が揃い、ベイシーのストライドピアノに、フレディ・グリーンのリズムギター、ウォルター・ペイジのベース、ジョー・ジョーンズのドラムというリズムセクションはオール・アメリカン・リズムセクションと呼ばれるほどだった。また、ジミー・ラッシングという不世出のブルースシンガーを擁し、彼がシャウトをはじめるとホールが揺れるほどの迫力を示した。

オールド・ベイシーと呼ばれる、このあたりの演奏は、「黄金時代のカウント・ベイシー」という、デッカ録音をコンプリートに集めたCDボックス三枚組で聴けるが、一九三〇年代の録音なので、正直言って音も悪いし、アレンジもあまりにシンプルだし、今の耳には非常に古くさく響くかもしれない。レスター・ヤングたちのソロは魅力的だが、ビッグバンド再結成後のいわゆる「ニュー・ベイシー」以降のサウンドに慣れたファンは、こういう古い音源をなかなか「聴いてみよう」とは思わないかもしれない。──しかし! これを聴かずしてベイシーの真の良さはわからないと断言したい。

オールド・ベイシーは、強烈なリズムセクションと奔放なソロイストがバンドをリードし、あとは即興的なヘッドアレンジでそれを盛り上げていく、という、ある意味めちゃめちゃ過激な、コンボとビッグバンドの両方の良さを兼ね備えたバンドだったのである。それは、ギル・エヴァンス・オーケストラにも通じるコンセプトではないだろうか。

そして、五〇年代以降の、フランク・フォスター、サド・ジョーンズ、クインシー・ジョーンズ、ニール・ヘフティ、サミー・ネスティコといった優れたアレンジャーによるモダンなアレンジが売りの「ニュー・ベイシー」のサウンドのなかにも、あのカンサスシティで爆発的にジャンプしていたシンプルで奔放な「何か」が、芯としてちゃんと残っていることをわかってほしいのである。ベイシーのどんなレコードのなかからでも、ギャングが牛耳る歓楽街の酒場で激烈にスウィングしていた、若きベイシーバンドのサウンドがきっと聴きとれるはずだ。

さあ、皆さん、家の片隅にしまい込んであった「黄金時代のカウント・ベイシー」を探し出して、久しぶりに聴いてみてはいかがでしょうか。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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