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山口ミルコのジャズひと観察
第3回 寺久保エレナさん

リーマンショックからこの秋で三年がたつ。
あの日、大国が揺らぎ、そして私たちの国も揺らいだ。
見ないようにしていたものを、いよいよ見なければならなくなった。
実態のないものは、やはり壊れるのだと。
今後の新しい資本主義をどうするのかといった争論も甘いまま、
先進国経済は行き詰まり、そして日本は今年、実態のあるものまで、たくさん壊れた。

寺久保エレナが初めてのアルバムをリリースする準備をしていた頃、私は、闘病を終えたところだった。
ガンは生活習慣病である。
ライフスタイルが病気に直結している。
生き方を変えなければ、ガンとは決別はできない。
その事実を身をもって知った私は、自分が病んだのはアメリカのせいではないかとさえ思っていた。
重たいクルマを乗り回し、ドライブスルーでハンバーガーを買っては、薄いコーヒーをがぶ飲みし、「ジャズ」を世界一カッコいいと思っていた。
六本木のど真ん中に住み、高いスーツを着て、脂っこいものを好んで食べ、拡大、増量を良しとした。
登り坂の先には幸福があると信じていた。
けれど私は病いにかかった。
頑張っていたのに、頑張れなくなった。
私はいったい何をめざしていたのだろう。
私はこれまでと違った生き方をするんだと決めた。
そう思ったところへ、エレナが出現した。
当時高校生であった彼女のような素朴な若者が全身全霊でジャズに取り組んでいる姿に胸打たれた。
あなたの向かうアメリカは、私が25年前に見た国とはもう違う。
同じではいられなくなった。
そこでこれから彼女がどう生きて行くのか、見守っていきたいと思っている。

そんなわけで時に近くから時に遠くから、彼女の活動を応援している。
先日も、新宿ピットインにて、寺久保カルテットのリハーサルに潜入。
二枚目のアルバム「ニューヨークアティテュード」のツアーである。
ベテラン井上陽介さん、バークリーの先輩である気鋭の若手、大林武司くんとマーク・ホイットフィールド・Jr 、彼ら相手に堂々と、英語を交えディレクションするエレナ、イカシテる。
このところいちだんと頼もしくなった。
そしてきれいになった。
もうじきお別れなのでさみしい。
来月エレナはアメリカへ発つ。
バークリー音楽大学の特待生として留学するのだ。
世界中から集まる6000人のなかから、たった3人の奨学生に選ばれた。

今日の音もやわらかくて勢いがある。
私は彼女をいっくら見ててもあきないのである。
見に行って、落胆したことがない。
期待した内容をイキに裏切りながら何倍にもして届けてくれる。
まだ20年生きてないというのに。
前世いったい何者だったのか。
何度も転生して、その度にアルトサックスに取り組んでいたか。
「私は天才ではありません。天才というなら、努力の天才」
天才と呼ばれる人はどの世界でも、練習の鬼だ。

ARTIST INFORMATION
寺久保エレナ[アルトサックス]

1992年札幌市生まれ。9才からSAXを習い始める。2010年4月高校在学中に1stアルバム「North Bird」をケニー・バロン、クリスチャン・マクブライド等を従えてニューヨーク録音。6月にキングレコードよりリリース。同アルバムはSwing Journal誌のゴールドディスクに選定される。その後も学業の合間をぬって精力的に活動を続け、大晦日には札幌Kitaraホールにて行われたジルベスター・コンサートで札幌交響楽団との共演を果たす。2011年3月高校を卒業し、フランス、ブルキナファソ(西アフリカ)で初の海外公演を敢行。4月に待望の2ndアルバムをニューヨークでレコーディング。9月からはボストン・バークリー音楽院への留学が予定されている。

寺久保エレナ オフィシャルサイト
Album Information

『東京ジャズ2010』でロン・カーター、オマー・ハキムといった大物と共演、さらに今年の3月にはフランス、パリでのコンサートを成功させ、さらにスケールを増した寺久保エレナ。セカンド・アルバムもニューヨークの巨人達とのレコーディングになります。
今回はジャズベースの巨匠、ロン・カーターを迎えた強力リズム・セクション。若手No.1トランペット、ドミニク・ファリナッチとの2管編成も披露。デビュー盤より更に熱く、太く、進化したサウンドを聴かせます。サポートするリズム隊、特にグングン引っ張るロン・カーターのグルーヴ感がすごい!

山口ミルコ プロフィール
プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリー。文筆を主に芸能・文芸メディアのさまざまな企画にかかわっている。近況は、ミシマ社の「ミシマガ」連載エッセイ「ミルコの六本木日記」に。