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ジャズピープル

情景を描く音楽を紡ぐ。

ドラマーであり、コンポーザーであり、プロデューサーでもある平井景さん。2018年11月にリリースされた3枚目のアルバム「ごろごろ」は、彼のソングライターの才を尽くした一枚に仕上がっています。一曲一曲、情景が浮かぶのは、平井さんが実際に経験した出来事が糧となって物語を紡ぎ、魂を込めて音作りをしているからこそ。そんな最新アルバム「ごろごろ」について、平井景さんにお話をうかがいました。

アーティストインタビュー by 小倉みか

person

平井景

ドラマー、プロデューサー、作曲家。大阪に生まれ、奈良に育つ。東京工業大学在学時から活動を本格化、数々のコンテスト受賞履歴を持つ。2009年に自らのレーベル「ブライトサンズレコード(Bright Sun's Record)」を設立。同年に初リーダーアルバム「SORA」をリリース。2016年に2枚目のアルバム「Running Man」を発表。2018年11月、3作目となる最新作「ごろごろ」をリリースし、各方面で話題となっている。
2011年に長野県在住のピアニスト、伊佐津さゆりのCD「Field」をプロデュースし、「信州ジャズ」という新ジャンルを確立。ほか、平石カツミ「Pleasure」、シンガーソングライター“八ヶ岳南麓ボッサ”ナナマリの代表作「Sketchbook」を手がけるなどプロデューサーとしての活動も活発となる。
作曲家としては、2014年度NHK「テレビで外国語"EURO24"」、2015年度NHK「ポルトガル語」「イタリア語」ラジオ番組のテーマ曲を提供。さらに大手企業CM、内閣府ビデオ、テレビ番組音楽などの作曲・音楽制作を担当。

WEB


interview

「メロディもちょっと変わるだけで景色が変わってしまう」。情景や物語を描く平井景の音楽性。

── 2年ぶりのアルバムですが、リリースのタイミングとして、なにかきっかけがあったのでしょうか?

「僕は曲を書きながらライブをやって、ライブやツアーで曲を育てていくんです。このミュージシャンだったら、この組み合わせだったら、こういう解釈になるのかと考えながらライブをやって、曲が育ってきたところをレコーディングで刈り取るという感じです。なので、昨年は実った曲が揃ってきたというタイミングというのもあるんですけど、一番のきっかけは『Message』ですね」

── アルバム最後の曲である「Message」のことでしょうか。

「はい。これまでずっと一緒にやってきた僕の理解者であるレコーディングエンジニアの赤川新一さんが、昨年癌で亡くなってしまったんです。次も一緒にやろうと思っていたところだったので、それでアルバム制作が頓挫しかけたんです。これはもう駄目だなと思いました。彼の生まれ故郷、新潟へ葬儀のために訪れた帰り道、雪の田園風景、暗いくもり空を眺めていたら、『赤川さんはこういうところで育ったんだな。あの我慢強いエンジニアの仕事ぶりとか、音の隙間の静寂を求めるような感性は、この土地で研ぎ澄まされていったんだな』と思いました。そうしたら、ふとメロディが降りてきて、この「Message」を作曲することができました。その後、父が亡くなったこともあり、この曲は赤川さんや父の『前を向け』『次に行け』という言葉に感じられて。そう受け取らないと、僕らは次に進めないじゃないですか。きっとこの別れにも意味があるんだろう、なにかのメッセージだろうと思って、それでこの曲を年内に作品として残そうと決心し、急ピッチでアルバムを作りあげました」

── 今回のアルバムはどれも土地柄というか、物語性があって短編集を読んでいるような気持ちになりましたが、最後の曲にはそういう想いがこめられていたんですね。

「『Message』の後にできたのは1曲目の『To The Country』、7曲目の『Band Wagon』もそうかな。で、夏にレコーディングして。おっしゃるように、いろんなドラマがあって、旅をして、最後『Message』に行き着く。そこに落としどころがある作品になっています」

── 『To The Country』や『ごろごろ』は地元の奈良を題材にされていて、『風雲』は高知に行かれた体験が元になっているんですよね。

「南国土佐って言いますが、のほほんとしたイメージなのかなって最初思っていたんです。よさこいがあるし、そういう踊れるような曲を作ったら喜んでもらえるかもと、短絡的に考えていました。でも、実際に行ってみると、渓谷を越えていく大変さとか、太平洋の波の荒さとか、想像と全然違っていて。四国の中でも香川県側に出るだけで大変で、江戸時代の志士たちが土佐からから出てくるのはすごく大変なことだったんだなと。眼の前は怒涛の海、背中は深い山々に囲まれた中で文化が育ったんだと思いました。そうして『風雲』を作曲しました。不穏な7/8拍子の浮遊感と、駆け出すような3拍子が交互に切り替わる曲です。当初の構想とは違うものが出来上がったので、高知の人には『ちょっと暗い』と不評かもしれないと思ったんですけど、ライブで披露したらすごく喜んでもらえました。表面的な部分でなく、内面的な心情、壮絶な歴史に寄り添おうとしているところが嬉しいと言っていただけて。」

── やっぱり行かないと書けない。平井さんの曲は、実際の経験に基づいているからこそのリアリティがあるのだと思います。『ごろごろ』も、そんな曲のひとつですよね。

「そう、奈良の天川村の曲です。天川村には古い歴史の天河神社がありまして、そこの能舞台でどうしてもドラムを叩いてみたくて、2018年に奉納ライブが実現できました。もうめちゃくちゃ良かったんです。天川村って“呼ばれてないと”行きたくてもなかなか行けない場所とされてまして。それでも大勢の方が観覧にも来てくださって」

── 世界遺産である大峰山やみたらい渓谷など、自然ゆたかな場所ですね。

「自然のパワーが本当にあるというのを、音を出した瞬間に感じました。ドラムを叩くと、自然がわーって寄ってくるんです。ドドドドド、ドン、ざわざわって風が吹き始めたりして。自然界とセッションしてると感じられる貴重な経験をしました。その翌日には、みたらい渓谷に涼みに行ったんです。世界遺産の山々とエメラルドグリーンの渓流に囲まれながら、そこに大小の丸い石がごろごろと転がっていて。大きいものは建物一個分くらいの大きさなんですけど、そんなものが角が取れてここまで丸くなるって、どれだけの歴史を経てきたのだろうと、だんだん古代に気持ちがトリップしていったんです。そんなふうに、ごろごろしながら、ごろごろした石を見てたら曲ができたので、曲名は「ごろごろ」。アルバムのタイトルにするのも面白いかと。」

── そういう「ごろごろ」だったんですね!

「そうなんです。人によっては、ドラムを叩く音が『ごろごろ』って感じ?いや雷の音?とか、人によって想像するものが違って面白いですよね。ジャズというか、インストゥメンタルには歌詞がないので、タイトルを手がかりに皆さんが『どんな感じだろう? ごろごろ……僕にはこんな感じに見えた』とか、想像してほしい。『風雲』では、すっかり竜馬の気分になるのも良し。龍が海から風に乗って空を舞う。いろんな景色やストーリーを思い描きながら聴けるのが、私の音楽の面白いところかなと思うんです。限定されない世界っていう」

── 経験に基づいた曲作りをされていますが、平井さんにとって音楽は降ってくるものなんでしょうか?

「降ってくると言うとカッコよく聞こえますが、実際は四苦八苦。かなり大変です。例えば、頭がすっかり空っぽになるまで何時間も散歩したりして、メロディが降りてくるのをひたすら待ちます。そのメロディのかけらが見つかると、それを大事に一音一音、紡いでいくんです。メロディもちょっと変わるだけで、感じる景色がガラッと変ってしまう。言葉と同じで『ありがとうね』って言うのと『ありがとうございます』って言うのは、印象が違いますよね。『~だよね』と『~やんか!』では、その人のキャラも変わってしまう。音の配列には何万通りも考えられるはずなんですけど、私はメロディから感じる情景とストーリーを大事に、一音一音を選んでいます。なので、お客さんから『こういう景色に合う』とか『景色が浮かぶ』と言ってもらえるのは本当に嬉しいです」

「どんな音色がメロディを取るかが一番の取っ掛かり」。アルバム参加アーティストについて。

── そういえば、平井さんはドラマーでもありますが、作られる音楽からはそれを感じさせません。

「例えばドラムのリズムパターンを決めてから曲を書いたりすることはないです。曲を作るときに大切にしているのは、とにかくメロディなんですよね。だから、作曲家とドラマーは、自分の中ではそれぞれ完全に住み分けされている気がします。情景と音楽って一体であって切り離せない。 子供の頃、3本くらい8ミリ映画を作ったことがあるのですが。『映像とセリフと音楽があったら映画になる』っていうことを小学生のときに気づいて、『父さんの8ミリカメラを借りて、俺も作ってみよう!』と(笑)。今でも映画を作るように、音で物語という全体を表現したいんです。だから、ときにはドラムが入ってない曲を作ることもあります。イメージやストーリーから曲が作り始めて、曲ができてから、必要であればドラムを叩くっていう。なので、作曲のときには特にドラムのことは考えていないです。ドラマーとしては、他のプレーヤーが新曲の譜面を貰ったときと同じ感覚で、曲ができた後から『さあ、どうしようかな』と」

── 面白いですね。

「ドラマーという演奏家としても一番大切にしているのは、やはりそのとき自分で景色が見えているかどうか、というところです。上手い演奏でも、そこから景色が見えてないと駄目なんです。そこに情景やストーリーが感じられないと駄目」

── なるほど。平井さんの描く情景がプレーヤーの皆さんとも共有されているからこそ、聴いている私たちにも情景が浮かんでくるんですね。今回一緒に演奏されている方々もそういった観点から選ばれているんですか?

「そうですね。ベースの村上聖さんにはこれまでのアルバム全てに参加してもらっています。村上さんはもう20年くらい僕のオリジナル曲を演奏してくれていて。彼はロックからジャズ、演歌、アニソンまで幅広く活躍されていますが、『平井くんの音楽では、ソロからメロディまで、フルに活躍できる。すごく自分が出せる』って言ってくれていて、本当にいい理解者です」

── サックスの寺地美穂さんとは今回初ですか?

「寺地さんは、今回この編成のきっかけになった人ですね。前作まではバイオリンの音色が中心で、NAOTOくんが僕のメロディを大事に弾いてくれています。そこから次はサックスでいい人がいないかなと探しているときに、寺地さんを紹介されました。実力もあるし、華もあって、新しい風が呼び込めるんじゃないかということで。寺地さんが入ることで、ギターも入れてみよう、トランペットも入れてみようと、バンドのイメージが広がった。ある意味、キーマンになっている人ですね」

── ピアノの青柳誠さん、光田健一さんは大御所ですよね。

「ピアニストのお二方とも長いお付き合いですね。曲調に合わせて、半分ずつアルバムに参加してもらっています。青柳誠といえば、僕が中学生でインストミュージックに目覚めた頃の憧れ、ナニワエキスプレスのメンバーですよ。若い頃、よく聴いてた人が一緒に、しかも喜んで参加してくれるというのは嬉しいものですよね。光田さんもスターダストレビューで活躍されてた方ですし。さらに、トランペットの高瀬龍一さんとも古い付き合いです。音色とリズム、歌い方に人生をかけている人で、高瀬さんが入ると作品の格がさらに上がり、引き締まりますね。そして今回初めて、僕のアルバムにギターを入れたんです。同い年の越田太郎丸くんも付き合い自体は長くて。ワールドミュージックの仕事が多い彼には、ジャズでもフュージョンでもロックだけでもない、独特の雰囲気を醸してもらおうかということでお願いしました。もしキーマンが寺地さんのサックスじゃなかったら、また違った編成になっていたと思います」

「この一音で情景が見えるかどうか、みんなに届くかどうか」CDでも、ライブでも、景色を描き続ける。

── 曲作りも、音作りにも平井さんの想いが詰まっていますが、パッケージや細部にもこだわりが。

「今回、パッケージイラストをお願いしたのは絵本作家の木虎徹雄さんなんですが、『ごろごろ』というタイトルだけで思いつくまま作ってみます、と言ってくださって。二週間くらいですごく大きなサイズの絵が送られてきて。これ、細かな貼り絵なんですけど」

── ジャケットというとまず正方形のサイズだと思うのですが、三倍の長さですね。しかも実物が?

「そうなんですよ、パソコンで作った画像データではなく、アナログの実物で(笑)。 横長の絵巻物みたいな画。これ、トンネルなのか岩なのか?『ごろごろ』っぽい古代に飛ぶような不思議さもあり。あちこちにストーリーが描かれています。これは、絵巻みたいに広がる、3面の観音開き仕様の紙ジャケットしたら面白いんじゃないかなと思って。是非手に取って見ていただきたいですね」

── 全体を作りたいとおっしゃっていましたが、音作りからパッケージングまでというのは、さすがに大変な作業でしたよね。

「本当に、ゼロから何かを作るのは大変ですね。作曲の段階までさかのぼると、ここまで遠い道のりでした。ちなみに、音の最終的な印象を決定づける“マスタリング“という作業は、75歳でバリバリ現役の小鐡(こてつ)徹さんにお願いしました。小鐡さんはマスタリングの父と呼ばれるような存在で、アルバムの裏方スタッフまで見るマニアックな人は『わ!マスタリングは小鐡さんだ!』と歓声を上げるような人です。それまで日本になかったマスタリングという作業を確立した方で、この人の仕事を見ていると『プロって、こういうことを言うのか』と思わされます。集中力と持続力。ベストを尽くす姿勢。すごいです」

── アルバムに関わる方、すべての仕事ぶりをしっかり把握されていて、互いにリスペクトを欠かさないところに平井さんの美学を感じます。アルバムをリリースされて、今はツアー中ですよね。

「そうですね。ドラムのバンドってどんなの?ドラムの人が書く曲ってどんなの?ってなかなかピンとこない方が多いと思います。僕も自分の音楽を、誰々みたいな感じとか上手く説明ができません。ドラマーがリーダーのバンドとは言え、ドラム叩きまくるわけでもなく、ジャズといってもスタンダード曲ではなくオリジナル曲。ジャズというと難しい印象があるかもしれませんが、私のお客さんは普段ジャズとか聴かない方も多いです。幅広い方に楽しんでもらいたいと、ライブもいろいろと工夫しています」

── 「ジャンル平井景」を目指されてる。

「まさにそうです。『この曲いいね!』って、心の底から思ってもらえる曲が書けたら、さらに道が拓けるといつも信じていて。作曲しながら、このメロディで生きるか死ぬかみたいな、この一音で情景が見えるかどうか、みんなに届くかどうか、そんなギリギリのところまで自分を追い込んで曲を作っています。多くの方にCDを手に取ってもらえて、そして音楽を聴きに足を運んでいただければと思っています」

── 今日はどうもありがとうございました!

information

[ RECOMMEND MOVIE ]

新作『ごろごろ』収録、「Message」



[ Release ]

『ごろごろ』 / 平井景
収録曲
1.To The Country
2.ごろごろ
3.風雲
4.Kodama
5.I'm In The Street
6.平成音絵巻
7.Band Wagon
8.It's Billy!
9.Message

参加ミュージシャン
平井 景(Drums, Compose)
寺地美穂(Sax)
高瀬龍一(Trumpet)
青柳誠(Piano)
光田健一(Piano, Rhodes)
越田太郎丸(Guitar)
村上聖(Bass)