ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ソロイストかアンサンブルか

さて、話は冒頭に戻るが、ソロイスト集団のビッグバンドは、往々にして、アンサンブルはぐちゃぐちゃということが多い。ソロイストは譜面を吹くことにエネルギーを費やすことをきらい、ソロに命をかけることが多いからである。フルバンの魅力は、アンサンブル半分、ソロ半分なので、いくらすごいソロをしても、それ以外のところがぼろぼろでははっきり言って迫力に欠ける。しかし、逆に、アンサンブルは完璧で、サックスソリにしろテュッティにしろ、ものすごい技術でこなしているのに、途中にはさむソロが、ちょっと雰囲気をかえるためにね、というか、アレンジの都合でどうしてもここでソロが必要らしいんだよね、みたいなものだと一気に盛りさがる。

私がビッグバンドをつくったときには、いろいろ考えたあげく、ソロイスト集団にした。そのときの気持ちは、やっぱりビッグバンドもジャズなんだから、ソロが重要だ。ソロイストが気合いの入ったいいソロをすれば、ほかのメンバーも燃えるし、バンド全体が高揚して、演奏のポテンシャルがものすごくあがる。ソロがしょぼいと、ほかのメンバーも萎縮し、バンド全体ががたがたになる。だから、アンサンブルは少々しょぼくても、いいソロイストを集めることがいいビッグバンドをつくることになる……というものだった。で、その結果どうなったかというと、うーん、よしあしでしたね。たとえば、トランペットセクションは四人いるわけだが、Kという男など、自分がソロをするかなりまえから譜面は吹かない。ソロに全力投球するためでもあり、譜面を吹いてバテたら元も子もない、という考えからである。同じような考えのものが多かったとみえ、ふと気づくと、四声鳴っていなくてはならない箇所で、じつはひとりしか吹いていない……みたいなことがしょっちゅうあった。これではビッグバンドというよりコンボである。

そういうことを身にしみて感じたのは、そのバンドで富山に楽旅にいったときのこと。「もっきりや」という店でライブをしたのだが、コンマスのYのアルトサックスをフィーチャーしたバラードのとき、その曲はその楽旅の直前に一、二度練習しただけの、できたてのほやほやの曲で、アンサンブル的にはかなりやばい状態であった。ところが、Yがあまりにすばらしいソロを延々繰りひろげて、私は横で聴いていて目が点になり、いやー、すごいすごい、これはすごい、とおもわず拍手をしてしまった。すると、ほかのメンバーも同じ感想だったらしく、みんなが声をかけたり、拍手をしたりしながら、彼のソロに聞きいった。そして、ここでアンサンブルになる、という箇所を全員忘れていて、誰も入らず、気づいたときには曲は崩壊し、ぼろぼろのまま無残に演奏は終わったのだった。いやはや、あまりいいソロイストがいると、そういうこともありますわ。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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