ジャズ探訪記 バックナンバー
●Jazz Club  Over Seas
トミー・フラナガンは聴かなアカン。
さて、大阪・堺筋本町といえばビジネス街中のビジネス街。朝早くから夜遅くまで、スーツに身を包んだお勤めの皆様が行き交うところである。さーてこんなところにジャズクラブが…?と思ったら、あるんですねえ、これが。秋の陽は早くも暮れかかって、ぼちぼちイッパイ…なんて頃合い。堺筋本町の北東カドを北へ。…ったってほんの数メートル、灯りの入った赤提灯を横目に見ながら1本目の筋を東に折れると、すぐに見えてくるのがジャズクラブ・Over Seasである。

Over Seasと聴いて、「ああ、あれね」と思ったアナタはけっこうジャズ通かもしれない。しかも2つの意味で。
もちろんこれは、「トミー・フラナガンの曲」のですね。そしてもうひとつのほうは、あの「フラナガニア・トリオの寺井さんのお店」。はい正解!では階段を上がってドアを押してください。

店内は落ち着いたダウンライトに照らされ、落ち着いた雰囲気である。
高い天井にゆったりとした空間。ハードワークに疲れた企業戦士たちにも、かっこうの憩いの場になりそうだ。迎えてくださったのは、ピアニストの寺井尚之さんと奥様である。
もちろんジャズ好きならおなじみ、フラガニア・トリオのピアニストとして知られている寺井さん、あらためて紹介する必要もないだろう。
クラシックピアノを始めたのがなんと4歳の時、コルトレーンでジャズにハマり、トミー・フラナガンを聴いて師と仰ぐようになる…なーんてプロフィールもよく知られていることかもしれない。



でも僕は、今回の取材で初めて知ったんです。
寺井さんが、ライブもレコーディングも、「このお店、このピアノでしかやらない」ということを。
ライブスペースの奥にはたしかにピアノが1台。どんな名器か…?と思うと、「いや、フツーのヤマハですけどね」と寺井さん。
え?じゃあなんで?
この空間も、くつろぐにはとても良さそうだけど、とりたててレコーディングしやすい空間とは思えないんですが…?
「『世界でも有数』という、ある調律師の方がこのピアノを担当してくださってて。調律はもちろん、細かい調整なんかをずーっとしてくださってるんですね。そんなことを積み重ねるうちに、とてもよく鳴る、すばらしいピアノになったんです」と説明してくださったのは奥様。
なるほど、ピアノも成長するってことですね。メーカーと型番が同じだからって、どれも同じように鳴るわけではない、と。
「それにこの店も、天井や壁にも工夫して作ったらだんだん鳴るようになってきたんですよ」
え、壁もですか?じゃあお店そのものが楽器みたいなものですねえ。
なるほど、そう考えると、ここでしかライブやレコーディングをしないという寺井さんの気持ちもわかるような気がするんでした。

ところで、トミー・フラナガンである。
寺井さんのトリオの名前もフラガニア・トリオ、お店の名前はオーバー・シーズ。
店中に彼の写真やサインが飾られているくらいならまあ驚かないんだけど、どうしてそこまで彼の音楽にのめりこんだんです?
…とお聞きしても、「いやあ、それは個人の好きずきだから…」と、多くを語らない寺井さんなのだが、奥様のの言を借りるなら「フラナガン命ですから」ということらしい。
それが証拠に…というのもヘンな話だけど、寺井さんは現在も、トミー・フラナガンの全曲(!!)を解説する著作を執筆中。
「僕が書かなければ、彼の音楽が途切れてしまう。全部を知ってる僕が書かなきゃ、後世にきちんと伝わらないんです」一度は弟子入りを断られたとはいうものの、トミー・フラナガンの高弟なればこその自負でもあり、ある種の危機感でもあるのだろう。既刊は7号まで、もうすぐ8号が出るということだ。

さて、「全部ここで…」の一環でもあるのだけど、Over Seasでは、寺井さん直々の指導によるジャズピアノ教室も開かれている。いや、教室という言い方はちょっと違うかな。なぜなら、「このお店で、このピアノで、寺井さんが直に指導してくれる」からである。つまりは、プロのジャズメンが、レコーディングに使う楽器で、生徒の隣に座って教えてくれるわけで。メチャメチャぜいたくなピアノ教室でなのである。

堺筋本町は「会社のすぐそば」という人も多いだろう。そして、ジャズピアノを聴きたいだけの人も、弾きたい人も、こりゃあぜひ一度来なくちゃね。

Jazz Club Over Seas
●大阪市中央区安土町1-7-20新トヤマビル1F
●TEL:06-6262-3940
取材日:2009.9.18
●http://jazzclub-overseas.com
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