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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.124
セロニアス

アットホームな本格派ジャズ・サロン
@東京・東中野

東中野に本格的なジャズの店があると聞いて意外に感じる人は多いかもしれない。新宿からたった2駅という都心であるにもかかわらず、東中野はやや地味なイメージだ。しかし、安くておいしい飲食店があったり、便利で静かな住環境など、穴場的スポットともいえる。
ジャズ・ライブハウス『セロニアス』には、ずいぶん前に一度来たことがある。小さなステージで繰り広げられる密度の濃い演奏はもちろん、演奏終了後の雰囲気が印象的だった。ステージとは別室のバーカウンターを囲み、出演者と観客がいっしょになってビールを注文しながらガヤガヤ談笑していた。音楽の話題だけでなく、見ず知らずの者同士が世間話に花を咲かせ、看板犬を散歩に連れ出すお客さんまでいた。その真ん中で、ニコニコてきぱき働く美しい女主人。なんともいえない暖かさと充実感で店は満たされ、またここに来てみたいと思ったのだった。
駅からすぐ、線路沿いのビルの階段を地下へ下りると、迎えてくれたのはあの時のママとちっちゃなかわいい女の子だった。「ねえねえ、ピアノ聴かせてあげようか」。音楽教室に通い始めたばかりという5歳のあーちゃんが弾いてくれたのは『マイ・フェイバリット・シングス』。さすがジャズ育ち、かっこいいねえ。

店のオーナーは、ジャズボーカリストでもあるToshikoさん。28才の時、病気になったことをきっかけにジャズにハマることになる。
「当時は検査と治療があまりにつらく、“もういい、死ぬときは死ぬ”と腹をくくり、病院へ行くのをやめた代わりに、たまたま知っていたジャズクラブのジャム・セッションに参加していたのです。音楽に打ち込んで一年が過ぎた頃、不思議なことに腫瘍は消え、担当医からほかの病院で手術したのではと聞かれるほどでした。それから先生について本格的に歌のレッスンも始め、ますますジャズにのめりこむようになりました」
子どものころから経営者になりたかった、というToshikoさん。20歳の時に父を亡くして以来、ひとり上京して会社員として働きながら少しずつ資金を貯めてきた。ジャズと出会ってからは“音楽が病気から救ってくれたのだから、それをまっとうしてもいいのでは”と思うようになり、会社を辞め、中野に最初の店をオープンさせたのは2007年。カウンターだけの小さなお店にアップライトピアノを置き、ボーカル・デュオをメインに演奏していたが、もっといろんなライブができるお店が欲しくて現在の東中野に移転した。ビッグネームのベテランから若手まで、充実したブッキングが魅力的だ。

「あちこちのセッションに参加したり、演奏を聴きに行くたびに名刺交換して仲間も増え、気がつくとミュージシャンとお客さま双方の人脈がすでに出来上がっていたんです。店のオープン後も、ライブハウスへ演奏を聴きに行っては、これと思う方に名刺を渡していました。『ん、東中野?知らねえなぁ』なんて言われながら(笑)。たいてい楽屋のような場所があり、カーテンや扉で客席と仕切られているので、勝手に開けていいものやらドキドキでした。ミュージシャンに対するあこがれは必要かもしれないけど、敷居を取っ払ったらジャズ界ももっと変わるのでは、と思ったものです」。
そうかぁ、それがサロンのような今のスタイルにつながったんですね。和気藹々とした…。
「『セロニアス』には“出会い系ライブ”もあるんですよ。ありそうでない、でも聴いてみたい人同士を組むんです。なかでも大御所と若手はお互いに刺激になるんでしょうね。林 栄一(as)+纐纈(こうけつ)雅代(as)、峰 厚介(ts)+守屋美由紀(as)などは継続的に活動しています。みんなよく頑張っていますよ。特に20代の“生き残りたい”執念のある人は伸びていく。“やれば叶う”とつくづく思います」。
店内はすっきりとした演奏スペースとバーカウンターのあるサロンスペースが、細長い廊下で隔てられている。サロンスペースには寄贈されたらしき絵画、たくさんの本やレコード、あーちゃんのおもちゃなどなど、なんだか友だちンちのリビングにいるみたい。
本日のライブは早川由紀子(p)+片岡雄三(tp)+カイドー・ユタカ(b)のピアノ・トリオ。鋭く切り込むピアノに管楽器の多彩な音色が受けて立つスリリングなステージだ。『セロニアス』は年末年始以外ほぼ無休だが、月1〜2回ある不定休日は、Toshikoさんとこのバンドが他店で一緒にライブする日なのだそう。
「わたしってホント、仕事ガツガツ系なんですよ。行った場所や使った時間はぜったいムダにしない。昔は儲かると思って“経営者志望”っていっていたのに、まさかジャズを選んじゃう、なんてね。でもいいの。毎日が楽しいんだから」。
Toshikoさんの笑い声が、明るく店内に響いた。