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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.122
マイルストーン

憩いと成熟のジャズ庵
@東京・高田馬場

高田馬場といえば賑やかな学生街を思い浮かべる方が多いはず。近年はさらに一般企業や飲食店も増え、とにかく昼も夜も、街中はいろいろな場所から押し出された大勢の人であふれている。
そんな猥雑な駅前を背に、坂道を上がって路地をひとつ入ったところに『マイルストーン』はある。この一角だけ、なにやらほっとする静けさが感じられる。店構えは、洒落た白い窓枠が並ぶ清潔な喫茶店といったところ。入り口の『薫り高い珈琲』の文字もおいしそうだし、ジャズ喫茶のイメージからはだいぶ遠いなぁ。
「ドラマで見るような、みんながイメージするジャズ喫茶は、今はもうほとんどないのでは」。そうおっしゃって出迎えてくださったのはオーナーの織戸 優(おりとまさる)さん。細面に丸い銀縁めがね。粋な和服にたすき掛け、といういで立ちは店主というより作家さんみたい。
『マイルストーン』のオープンは1976年。今年で41年目だという。

「今はおそば屋さんでも定食屋さんでもBGMとしてジャズがいちばん好まれる時代。さらに自分の楽器で演奏する人たちが、吹奏楽を経てジャズへと流れてくるようになった。バブル期以降、景気は悪くなったけど、ジャズを聴く人口は増えました。そのことはよかったと思いますよ。高田馬場が学生街からビジネス街へと変わっていく過程で、うちにいらっしゃるお客様の7:3だった学生と社会人の比率は、今では逆転しています。男女比も同様、時代とともに自然に様変わりしていきました」と織戸さん。
店内でなんといっても目を引くのは、正面に置かれた手彫りグリルが美しいスピーカーJBL「Olympus S8R」。モダンジャズを中心に、LPもCDも、古いものも新しいものもかけるそうだ。そしてジャズやアート関連をメインにした書籍が並ぶ壁面いっぱいの本棚が印象的。音楽を聴きながらここで本を読むのもオッケー、購入も可、というブック・カフェでもある。“古書店ごっご”みたいなもの、と織戸さんは笑うが、写真、絵画、観葉植物、アートフラワーなど、お店の中にあるものすべて、主張がありつつも穏やかな調和をみせている。
「店をオープンさせた当時、ジャズを聴くことは、アメリカ文化につながる道のひとつでした。今のように簡単に情報が手に入る時代ではない。ジャズ喫茶・映画館・古本屋、というのは文化“3点セット”の居場所です。高田馬場以外にもお茶の水、神保町、吉祥寺などは今でもその面影を残している。“3点セット”自体は消えつつあっても、そうした世界が好きで、関わり続けたいという気持ちがあります。私自身も、そしていらっしゃるお客様もね」。
確かに!適度な刺激とくつろぎが同居し、心とアタマを解放できる場所って、今となっては都会で探すのは難しいもん。この居心地の良さは希少価値だ。

「スキマを狙うしかありませんから。夜はお酒を出す店が多い中、うちはコーヒーだけでも大丈夫。ただこういう店の苦しいところは、“暗黙の了解”が多そうで、慣れない方からすればどう振る舞えばいいかわからない場所になっちゃってるかもしれません」。
すご〜く長居されちゃうとか?
「いやいや、意外とそれはないですね。今の若い人はやさしいから、まあ長くて2時間かな、って、そこはわきまえてくれます。でも、イヤホンしてるお客さまにはさすがに、一応ジャズ喫茶なんで…、とお声をかけさせていただきます。やさ〜しくですよ、やさしく(笑)」。
ジャズという音楽が、誰もに知られ、どこにいても耳にするようになった今、ジャズ喫茶ってどうなっていくんでしょう、とうかがってみた。
「『マイルストーン』は、たまたま時間が蓄積するにことによって、ジャズの魅力が濃厚に漂う場所になりました。バブル期やリーマンショック以降、『豊かさとはなにか』それぞれが考えるようになり、答えが一様ではないことにも気がついた。コーヒーチェーン店とはひと味違う場所を求める人もいることでしょう。だから創る人なりのおもしろさを持った新しいジャズスポットが生まれてくる可能性は大いにあると感じます」。
程よい音量で聞こえてくるのはキース・ジャレット『スタンダーズ』。
変貌を積み重ねた時間が成熟を生む。
芳しく薫る湯気の向こうで、キースの演奏がそう語っているかのようだった。