一ピアニストではなくエンターテイナーでありたい
以前、ご紹介したチェリストの佐野まゆみさんとデュオ”アルコウ”の相方でピアニストの岸淑香さんをご紹介。音楽に対してとても貪欲で情熱的。ご自身はジャズを演奏する機会は多いものの、ジャズを瞬発的なものと捉えているそうで、ジャズ・ラテン・キューバ音楽・フラメンコ・クラシックなどさまざまな要素を音楽に取り込む"ジャンルレス"な音楽を志向しているそうです。これまでのご経験や音楽への姿勢、これから挑戦していきたいことなど幅広くお話をお聞きしました。
ピアニスト 岸淑香
1981年7月6日東京生まれ東京育ち。蟹座のAB型。4歳よりピアノ・エレクトーンを始める。ヤマハ音楽院エレクト-ン科在学中Jazzに目覚め、Jazz organを佐々木昭雄氏、Jazz pianoを嶋津健一氏に師事。Jazzを軸としながらも独自の音楽観で展開する傍ら、作詞・作曲、編曲や楽曲提供にも力を注いでいる。
2008年単身渡米。JazzPianoをPeteMalinverni、DavidHazeltine両氏に師事。
2014年以降よりキューバやスペインに頻繁に出向き各地の音楽を学ぶ。
2017年フラメンコピアノをPedro Ricardo Miño(ペドロ・リカルド・ミーニョ)に師事。
【SAYAKETONES】【岸淑香NewTrio】などリーダーユニットを筆頭にVibraphone,Percussion,Pianoのラテンジャズトリオ【conviano】、ピアノとチェロのデュオ【アルコウ】、フラメンコジャズに傾倒するデュオ【アマケット】、など数多くのユニットやバンドに参加。Solo pianoやシンプルなデュオから、大所帯のエンターテイメントなバンドまで対応する幅広いアレンジ力とサウンドが持ち味。様々なアーティストやタレントなどのサポート、TV&ラジオ出演、某有名テーマパークショーの出演、ライブ・レコーディングなどで活動中。
モットーは「ジャンル問わず歌心を大切にしていきたい。」
アルコウ
ピアノ岸淑香(きしさやか)、チェロ佐野まゆみ、からなるアコースティックデュオ。2013年からデュオライブを重ね、2015年5月「アルコウ」結成。クラシックを学び、ボーカリストやポップスのサポートにも定評のある佐野。エレクトーン出身ながらジャズを始め、多ジャンルで活動するピアニスト岸。ピアノとチェロというクラシックな編成でありながら、奏でる楽曲は感情をえぐるようなものからディープな世界に浸るものまで多種多様に表現している。宛らクラシックでありフリージャズ。互いのオリジナルを中心に、ジャンルを問わない名曲スタンダードのアレンジもデュオならではの演奏でステージを盛り上げる。ユニット名の「アルコウ」は、弓で弾くarcoと、一緒に「歩こう」の2つの意味を掛けている。2015年オリジナル曲7曲のみを収録した1st デモCD「出会い」発売。2017年2月15日 1st Full Album「Asymmetry」全国発売。東京近郊から、関西へのレコ発ツアーも控えますます精力的に演奏活動を行なっている。
音楽のルーツはエレクトーン
── エレクトーンをされていたそうですが、始めたきっかけを教えてください。
岸「4歳からエレクトーンを始めました。きっかけは母親がエレクトーンをやっていたので環境的にそうなりましたね。6歳でエレクトーンの大会に出て、YMOの曲を初めて弾きました。その時も母親と一緒にやってましたね。大会に出ては賞をいただいていましたが、幼かったのもあり賞のありがたみは分かっていなかったですね。」
── ピアノは弾かなかったのですか。
岸「エレクトーンの先生はピアノも教えている方で、ピアノもやった方がいいという勧めで、ピアノを始めました。たしか7~8歳くらいからだと思います。エレクトーンとタッチが全然違ったので、ピアノを真面目にやっていませんでした。その当時は面白いとは思っていなかったですね。」
── ピアノとエレクトーンはそれほど違うものですか?
岸「全然違いますね。二段に弾いていたのが一段になると、どうやって弾いていいかわからなくなりました。手の使い方が難しく感じました。ただ、自宅にピアノがなかったので練習も限られた中でしかできませんでしたから、全然うまくならなかったですね。」
── その後もずっとエレクトーンですか。
岸「高校の1年生の時、ずっと習っていた先生が別のお仕事をされるようになり、違う先生についていたのですが、うまくいかず、一時的に辞めることになりました。ただ、楽器は家にあるので、好きなタイミングで好きに弾いていたのですが、それがすごい楽しくて。それできちんと勉強したいなと思ったのです。プロになりたいという意識もその頃に生まれたのだと思います。その後、進路にはヤマハ音楽院を選びました。」
── エレクトーンでジャズ演奏することはありましたか。
岸「エレクトーンでもジャズの曲集はあるんですけど、アドリブも譜面に書いてあったので、ジャズをやっていたという感覚はなかったですね。」
ジャズは自分の中では瞬発的なもの
── 本格的にジャズをやろうと思ったのは。
岸「エレクトーンの専門学校に行くと授業にピアノが出てくるんですね。そこで初めてちゃんとピアノを習いました。先生が生徒の個性で楽曲を選んでくれたので、”ジャズっぽいのが似合うと思う”と言われ、ガーシュインを勧められて弾いていました。その後、エレクトーンでの限界を感じ始めたので、徐々にピアノに移行することになります。ジャズクラブでアルバイトし、バンドを組んでキーボードもピアノも両方弾くようになりましたね。演奏できる場所を確保するため、ジャズバーなどに片っ端から電話して、赤坂のビアガーデンでピアノ演奏のアルバイトをさせてもらったり、代官山のイタリアンでピアノ演奏したり。とにかく、音楽が演奏できる場所をいつも探していました。バンド活動ではインストのフュージョンバンドをやっていて、チック・コリアを弾くようにもなりました。ただ、ジャズピアニストになろうと思って活動したことはなくて、今でもジャズピアニストだとは思っていないですね。」
── 意図してジャズをやろうと思っていたわけではないのですね。
岸「活動としてはジャズが多いですが、自分の中では瞬発的なもので、自分の楽曲には、ジャズが必要だと思っているくらいです。今はラテンもフラメンコも好きです。最終的にやりたいのは、自分の楽曲で編曲だったり映画音楽なんかをやってみたいです。それは最初から思っています。」
── では、ジャズを誰かに師事するでなく、フリースタイルを貫き通して来たのですか。
岸「そうではないです。20歳くらいのころは音楽に貪欲で、特にジャズをもっと勉強したいと思っていました。アルバイトしていたお店に、私の師匠であるピアニストがピアノを弾きに来たんです。もっとジャズピアノを勉強したいと伝えると"僕のところに来るかい"とお誘いいただきました。それが私の師匠である嶋津健一さんという方です。エレクトーンに慣れていたので、ジャズの押さえ方など一から教わりました。同じコードでもジャズの押さえ方が全然違ったり、それで3年くらい習いました。スタンダードの楽曲を抜き打ちで100曲やらされたり、ピアノのどんなキーでも弾けるような練習をしたり、とにかく鍛えられましたね。」
── なるほどそこでジャズの基礎を身につけられたわけですね。
岸「そのほかに、レッスンの生徒を集めて、ピアノトリオのレッスンをしてくれるんです。今もプロでされている方とトリオ組ませてもらって、最初はアドリブをワンコーラスだけ譜面に書いて弾いていましたね。セッションのレッスンもありました。なぜ、いま終われなかったのかとか、どういう風にイントロをやりたかったのかなど、他の生徒さんの意見なども聞いていたのでとても勉強になりました。どうやったらメンバーに伝わるのかなど、実践の中で教えてくださいました。」
── セッションの練習とは面白いですね。
岸「それがあったからジャムセッションに行けるようになりましたね。最初に行ったジャムセッションが、御茶ノ水のお店で大坂昌彦さんとのセッションでした。何も知らない中で、周りがすごいプロばかりでした。一緒に行った私の師匠の門下のピアニストの友達に海野雅威さんがいました。私の一つ年上なのですが、同世代の人の活躍がとても刺激になりましたね。」
ニューヨーク・キューバ・スペインへの武者修行
── 海外にも行かれたとお聞きましたが。
岸「1ヶ月くらいですが、ニューヨークには2回ほど行きました。当時、某テーマパークで演奏をしていまして。オーディションに受かってショーで演奏し、夜も演奏するという生活をしていました。それで生活基盤ができて、お金も貯まったので、1か月ニューヨークに行きました。」
── ピアノの技術を磨くために行かれたのですか。
岸「はい。そうです。短期留学で調べて、ピアニストの自宅でレッスンを受けることができるのを見つけました。そのピアニストがとても大好きなピアニストでして、その人に習えるのだったらどれだけお金を出しても行きたいと思っていたので。ただ、スケジュールが合わなかったので、二人のピアニストに習うことになりました。それと合わせてホームステイ先にピアノが置いてあるかも調べ、たまたまニューヨークフィルでアレンジをされている方のお宅でホームステイさせてもらうことにしました。ただ、私が行った時には日本に公演に行っており会うことができなかったのは残念です。」
── ニューヨークでの生活はどうでしたか。
岸「初めての一人旅で初めてのアメリカ圏でした。怖くて、地下鉄乗るのに3日かかりました。地下鉄に乗れるようになると少し度胸がついたのもあり、片言の英語でも積極的にレッスンを受けるようになりましたね。そこではハーモニーを豊かにすると音楽がとても豊かになると教えてくれました。すごくかっこいい練習の仕方も教えてくださり、ニューヨークのジャズだと感動しましたね。」
── 最近はラテンやキューバ音楽を取り込んだ演奏をされているとお聞きしました。ニューヨーク以外での海外の経験は。
岸「今convianoで一緒にやっているパーカッション藤橋万記さんと出会ったことがきっかけで、ラテンをやることが多くなりました。ラテンのジャズがとてもかっこよく感じて。彼女と演奏した影響は大きかったですね。当時はサンバとラテンが違うというのもわからなかったですけど。同じ南米でも全然違うんですよね。キューバ系はリズムがとてもうねるんですよね。それと聞いたことがない感じで、とても気に入りました。さらに、中学の同級生のヴィブラフォン中島香里さんと三人でトリオを始めたんですが、始まってからラテン系の海外にも興味を持つようになりました。」
── 実際にラテン系の国やキューバには行かれたのですか。
岸「藤橋さんの誘いで、キューバに行きましたし、スペインにも行きました。英語ではなく、スペイン語なので、語学やキューバのことを勉強していくうちに好きになりました。キューバだけでなく、スペインにも興味を持つようになって、フラメンコジャズを実際演奏するようにもなりました。キューバに行った時も先生に習って、スペインに行った時にもフラメンコのピアニストに習ってきました。今は手軽に音源を聴くことはできるんだけれども、身近に見て、自分の演奏にアドバイスをもらえるというのは行かないとできないことです。いろいろ観て、根こそぎ持って帰ろうという気持ちでいつも臨んでいます。」
自分たちの音楽をジャンルで考えない
── さまざまな経験を踏まえ、活動の幅は広がっていますね。
岸「最近は、アルコウもそうですが、色々と活動の幅を広げるようになりました。スムースジャズも好きですしポップスも大好きです。演奏としては昭和歌謡をやったりもします。ただ、アルコウが始まって、今まで考えたこともしなかったチェロとのアンサンブルも考えるようになって、少しクラシカルなこともやるようになりました。チェロと一緒にやることでジャンルを考えなくなりましたね。その背景にはソウル、ファンク、ラテンやクラシックとかを入れて自由に音楽を作ってもいいんだなということを実感して、私としてはアルコウがその面白いきっかけになっています。」
── ジャンルで考えないというのはどういうことでしょうか。
岸「例えば、ファンクだったらベースとドラムは絶対にいて、ギターがいて、という編成のイメージがあると思うのです。フラメンコだとギターは必須だし、パーカッションはいても金管楽器はあまり入らない。ジャズだと、ソロピアノとかデュオとか、ピアノトリオという言い方だったり、カルテットだったり、コンボっていう言い方があったり、そういうのは編成で想像がつくと思います。ジャズの世界ではピアノとチェロというのは比較的に珍しいので、どんなことをやってもいいんだなって、思うようになりました。ただ、そこが一番難しく、面白いところではあります。ジャズですかクラシックですか、何なんですかという感じなんだと思います。」
── 確かにアルコウはどちらの要素もあって、そういう意味ではジャンルレスですね。
岸「アルコウがおもしろかったのは、某レコードショップではニューエージ/ニュークラシックというのに入ったり、別のところではジャズに入ったり。捉え方が色々とあるのですが、私たちとしてはどちらに入るのもうれしいですね。」
── アルコウも含めて、岸さん自身は今後、どんなことをしていきたいですか。
岸「アルコウは佐野さんの人柄もあって、気楽でやりやすいので、続けながら、いろいろなことに挑戦していきたいです。個人的にはワールドワイドに活動していきたいです。もちろんライブをやっているのが幸せなので生演奏にはこだわってやっていきたいです。ピアニストである以上、たくさんの方に自分たちの音楽を聴いてもらいたいですね。あとは、アルコウでも新しい作品を作りたいです。アルコウでは”次は何が起こるんだろう”という雰囲気がとても気に入ってます。終わったのか終わってないのかわからないようなところです。全部含めて演出家であり、パフォーマーでありたいと思います。」
── ピアニストではなくエンターテイナーでありたいということですね。
岸「そうですね。ライブの曲順なんかも気をつけています。次は何をやったらお客さんは"ハッ"とするだろうか、とか雰囲気に合わせて世界観を持続させた楽曲選びにもこだわっています。これからもライブを通した見せ方なんかもこだわっていけたらいいなと思います。普段のライブでは、そこまでできないことが多いですが、お客さんをもっと喜ばせられるような演出を自分たちの手でやってみたいですね。もちろんいつもと同じことをやることも大切ですけど、何が始まるかわからないという予定調和にないことも心掛けたいです。あと私はラジオ番組をやりたいです。今はインターネットラジオをやっていますけど、ラジオ局でラジオ番組をやってみたいです。トークと音楽を織り交ぜながら、すごい夢です。 」
── 最後に、岸さんのお名前は"淑香"と書いて"さやか"と読むんですね。珍しいですね。
岸「日本全国探してもこの漢字で"さやか"と読むのは私だけだと思います。私の父親がこの字を使いたかったそうです。だけど、ある先輩ミュージシャンに名前が読めないから損をしていると言われ、それを聞いて"この名前を絶対変えるか!"と思いましたね。今は逆に覚えてもらえるようになりましたね。」
── 音楽への情熱と探究心は、岸さんの演奏活動の源ですね。これからの活躍を期待しています。ありがとうございました。
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- 1st Album「Asymmetry」
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- 1.Asymmetry
もがいてももがいても前にも後ろにも進めない、そんな不安定な心の叫びみたいなものを曲にしました。今回のアルバムタイトルにもなっています。アシンメトリーだから見える世界というものがあると思います。(佐野)
2.G線上のアリア
J.S.バッハ作曲の有名なクラシックの「G線上のアリア」をブルース風にアレンジしました。元の曲は「管弦楽組曲第3番二長調BWV1068」より「アリア」です。(佐野)
3.背中
今まで自分が歩んできた人生の後ろには、自分が選ばなかった道がたくさんある。いつも前を向いていたいけれど、背中にはそんな選ばなかった物や事がたくさんあるという事。そしてそんな背中にある選ばなかった方の目線で書きました。(佐野)
4.空のアオ
夏の青空が大好きなのですが、夏のカンカン照りの空の下では、暑すぎて悩み事も吹き飛んだりしますよね。そんな「もういいやーっ」という瞬間を音にしてみました。(佐野)
5.時のハザマ
とある打ち合わせで入ったお店。いきなりその幻想的な内装の店内に圧倒され、帰り道に急いでこの曲を書きました。今回はなんとジャケットの写真や他の写真でも使われているのがこのお店です。(岸)(普段は露出NGのお店ですので、このお話をして特別に許諾していただきました。)
6.六月のうたうたい
真夜中、外は雨が激しく降っていて叫びたい事も雨がかき消してくれるのではないか、そんな想いを込めた一曲です。ピアノで創ったメロディですが、チェロが本当に良く合います。(岸)
7.あいにゆこう
亡くなってしまった友人の仔猫が、もしかしてたまに天国から遭いに来てくれているのではないか?というメルヘンな想いを託した、仔猫目線のドラマチックな曲です。(岸)
8.忘らるる
右近の百人一首の句より引用した、叙情的な雰囲気の曲です。実はむかーし好きになった人が忘られない、というメッセージも込められています。(岸)
9.up to you -アルコウver.-
何をするにもあなた次第!up to you=自分 でもあります。2014年に出した私のCD「feat.手」にも収録されている曲ですが別バージョンの録音です。(岸)
10.Restart
ある年の地元神戸のコンクリートジャングルで見た元旦の夕日を見て、また新たに1年間頑張ろうと思って書いた曲です。(佐野)
11.天つ風
とにかくチェロという楽器の持つ重低音の魅力を激しく放つ曲が書きたくて、私がバックグラウンドのピアノを、メロディのチェロを相方が、共作しました。ユニットとしては新境地になる一曲に仕上がったと思います。(岸)
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