クリヤ・マコトのビックリヤ音楽鑑
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ハンディキャップが生んだ天才ピアニスト
Art Tatum(アート・テイタム)

僕がアメリカに住んでいた頃、ピッツバーグ大学でジャズを教えていたことがある。一般教養課程の大学生なら誰でも受けられる授業でジャズの起源についての授業だった。ジャズと言えばアメリカが世界に誇る音楽ジャンルだから、アメリカの大学ではそんな授業もあるわけだ。
授業ではデューク・エリントンやカウント・ベイシー、マイルス・デイビスなど、アメリカの音楽史を変えるようなミュージシャンたちを紹介するわけだけど、アメリカにいると彼らの逸話を仕入れるのには事欠かない。巨匠たちの、日本ではあまり知られていない逸話もいろいろあるけれど、そのなかでも特にビックリするエピソードを持つのがアート・テイタムだ。
彼は1940年前後に活躍したピアニストで、かのオスカー・ピーターソンにもっとも影響を与えたと言われている人物だ。彼は盲目だったので、レコードを聴いてはそれを真似してピアノの練習をしていたそうだ。あるとき、シカゴのブギウギ・ピアニストであるピート・ジョンソンとアルバート・アモンズが二台のピアノで共演しているレコードを聴いた。クレジットが読めない彼は、それを一人のピアニストが弾いていると思ってビックリしたそうだ。それで自分の実力はまだまだ足りないと思い、二人の演奏をコピーしようと猛練習に励んだ。そしてついに、一人で二人分の演奏ができるようになったという驚くべき逸話を残している。
これがどこまで現実の話だったかは知るよしもないが、実際にアート・テイタムのレコードを聴けばその技術の高さたるやビックリの一言だ。インターネットなどで簡単に試聴できるので、ジャズファンなら一度は聴いてみてほしい。ピーターソンが影響されたというのも納得のバカテクである。

2008年発表の「Piano Starts Here: Live at The Shrine」

ジャズピアノの歴史だけを追っていくと、昔のアーティストは豪快なテクニシャンが多い。というか、彼らは作業量がやたら多い(笑)。ソロピアノのスタイルを追求していた昔のピアニストは、左手で低音リズムを刻み、右手で緻密なアドリブをとっていた。ベースやドラムが引き受けている役割も担っている分、単純に音の数が多くて作業量が大変だ。僕などがみたら息切れしそうなプレイで、昔の人は体力勝負だったんだな~と思う。
これに対して、モダンジャズ以降はバンド形式が主流になった。すると低音はベースがやってくれるし、リズムはドラムが刻んでくれるし、ピアノは美味しいところだけを肉付けすればいい。そしてその分、複雑なモダンハーモニーを開拓することができるようになったんだ。
昔の名残として、僕もアメリカで活動しているときに「ベース雇えないから、代わりにお前がベースもやってくれ」と言われたことが何度かある。それに今でも、ハモンドオルガンやドラムとギターだけで成立するジャンルが残っている。この場合肉体的な制約がある分、やはりアート・テイタムの時代にプレイされていたような、ファンキーなブギウギやブルースのような音楽をやることが多くなる。つまり、ピアニストがベース、ドラムの役割から解放されたことによってモダンジャズが生まれ、さらに高度なコンテンポラリー・ジャズに発展していったわけだ。

1996年発表の「20th Century Piano Genius」

ビ・バップ以前のジャズの歴史は、ゴスペルやブルースなどいろんなジャンルが複雑に絡みあっている。ビッグバンドの王道を行くカウント・ベイシー楽団は、ブルースと融合したダンス音楽としてカンサスシティーで生まれた。デューク・エリントン・バンドは、北部の大都市に流れ着いた黒人達が総合アートのようなショーを展開した「ハーレム・ルネッサンス」と呼ばれるムーブメントの中で出てきた。
こういうふうに、ジャズと言ってもいろんな流派があるんだけど、アート・テイタムはシカゴのブルースやブギウギのシーンから出るべくして出てきたパイオニアだった。やがてフィニアス・ニューボンJr.やオスカー・ピーターソンに影響を与えてジャズピアノ芸術のルーツとなり、ハービー・ハンコックのようなコンテンポラリー・アーティストのプレイにもその痕跡を見いだすことができる。
ジャズだけじゃなくて、ロックにしろ、ヒップホップにしろ、僕たちを楽しませてくれている音楽の誕生は意外に些細なきっかけだったりする。ただ音楽を聴くだけでも楽しいけれど、背景を知ると音楽はもっと面白くなる。

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Art Tatum(アート・テイタム)

1909年~1956年。オスカー・ピーターソンやカウント・ベイシーなど、多くのミュージシャンから賞賛を受けたジャズピアニスト。視覚障害者であることをまったく感じさせない超弩級のテクニックは現在も人々を魅了し続ける。

The Art of Tatum
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