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山口ミルコのジャズひと観察
第1回 大西順子さん

大西順子という演奏家を、私はまったくノーマークだった。

2010年9月30日、私は渋谷のオーチャードホールへ、「ジャズジャパン」誌のミムラさんが声をかけてくださったので、大西さんのライブに出かけた。ミムラさんが私に、というのだったらと予備知識なく向かったが、音が出たあとはもう雷に撃たれたようになり、大西順子を聴かずしてこれまでいったい私は何をしてきたのかと思い、その体験を、フリーペーパー「BIGBAND!」誌に書いた。エッセイに書いたうえ私はことあるごとにその話を触れ回ったが、反応は一様で、「大西順子がすごい」のは周知の事実であり新しいトピックではない、ことが判明した。とはいえ、私のなかではフレッシュな大西順子であり、これまでの彼女をたどってみるのは幸せな作業であった。この十年ほどは活動のペースを落とし、先のライブも"大西順子復活"というニュースであったそうなのだが、復活も何も彼女が日本人ピアニストで日本に存在していることまるごとが宝であり、新作を続々出すことなくしても我々音楽ファンは彼女を常々大事にするべきだ。

 

デンソーテンの小脇氏(自称レニー)は、デンソーテンのまさに目玉商品であるイクリプスの開発兼スポークスマンで、有名プロデューサーやミュージシャンなど自分がこれぞと思った音楽関係者にイクリプスを支持してもらうよう、独自の広報活動を展開していた。私は、「BIGBAND!」と「KOBEjazz.jp」に原稿を書かせていただいたご縁から神戸本社をたずねた際に、小脇氏のオーディオ講義を聞いた。彼は会って二度目で「レニーと呼んでください」と言い、私もどうやらその瞬間から、レニーの自社製品への愛を受け止める一人となったようなのだった。

 

私がミムラさんとライブに行って大西さんに熱を上げ始めたちょうどそのころ、レニーの方にも動きがあった。あることから長年大西さんのレコーディングを手がけているNY在住のJim Anderson氏にイクリプスを聴いてもらう機会に恵まれ、その後Jim氏が大西さんに視聴を薦めてくれたというのである。トップジャズアーティストである彼女に、自慢のイクリプスを試聴してもらいたいとかねがね望んでいたレニーの夢は、存外に早く実現する。

 

このように縁が縁を呼び、大西順子イクリプス試聴の日がやってきた。大西さんはトランペッターでもあるマネージャーの玉盛氏とともに現れた。ショートパンツ姿がとてもよく似合っている。たいへんゴージャズでカッコいい、本人が演奏のとおりだと思った。大西さんはレニーが入念にセッティングした二台のイクリプスの間の椅子に腰掛け、魅惑的な長い睫毛と黒い瞳をオープンしたりクローズしたりしながら興味しんしんで自作「バロック」に聴き入っていた。

耳を澄ます一同。それを見守るイクリプスの目玉。イクリプスは生音を伝える感度が高く、演奏者には手ごわいスピーカーであると大西さん、真直ぐなまなざしと明快な語り口に、彼女の音に厳しく誠実な姿勢が伝わってくる。

 

「バロック」のピアノのソロ、メモリーズオブユーとスターダストを大西さんとともに聴いた。大西順子の選びとる音の束を体験することは、ジャングルを巡るようなものだ。

むせ返るほどの濃い緑の匂いを嗅ぎながら歩き回ると透明な泉に辿り着くことができる。そこには鈍色の斧がある。

曲を終える一音が思いがけずカンタンで、目のふちに溜まっていた涙がぽとりと零れ落ちた。

 

 

( ECLIPSE TDユーザーリストでも大西順子さんを紹介しています )

 

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ARTIST INFORMATION
大西 順子
大西 順子
大西 順子[ピアニスト]

1967年4月16日、京都生まれ。東京に育つ。
1989年、ボストン、バークリー音楽大学を首席で卒業。ニューヨークを中心にプロとしての活動を開始し、ベティ・カーター(vo)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、ジャッキー・マクリーン(as)、ミンガス・ビッグ・バンド、ミンガス・ダイナスティらと共演する。
1993年1月、デビュー・アルバム『ワウ(WOW)』を発表。大ベストセラーとなり、同年のスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞を受賞。

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大西順子 オフィシャルサイト
Album Information
大西順子 ニューアルバム 『Baroque』
大西順子 ニューアルバム 『Baroque』
百花繚乱、JUNKO ワールド満開! ユニバーサル移籍第一弾。

本格的な再スタートを切るために、レコーディングの場所として選んだのはニューヨーク。かつて80年代末のバークリー音楽大学卒業後に、プロとしてのキャリアをスタートさせた第2の故郷で、かつて共に研鑽を積んだ仲間たちを含む同世代のオールスター・メンバーとスタジオ入りしました。
今回は3管のホーンに加えて、曲によりダブル・ベース編成を起用し、ダイナミックでリッチなサウンドを展開。本来の聴く者を圧倒するピアノ・プレイはもちろん、作曲やアレンジでもその才能をフルに発揮しています。まさに大西順子ワールド満開の作品です!

山口ミルコ プロフィール
プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリー。文筆を主に芸能・文芸メディアのさまざまな企画にかかわっている。近況は、ミシマ社の「ミシマガ」連載エッセイ「ミルコの六本木日記」に。