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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.65
さくらんぼ

閑静な郊外のライブハウスは世界的プレイヤーが集うトロンボーンの殿堂
@東京・調布市

新宿駅から京王線で25分。柴崎駅南口を出ると、目の前に2階建ての煉瓦のビル。一階の八百屋さんは、地元の買い物客で賑わっている。なんだかのどかな風景だ。
その2階に、今回ご紹介する『さくらんぼ』がある。

ビルの階段を上がっていくと、きれいに手入れされたアイビーが、入り口をアーチ型に縁取っている。扉をあけると、コーヒーのいい香りが漂ってきた。つややかな天然木の内装とアンティーク家具。常連さんらしき紳士が、スピーカーの前でくつろいでいる。ライブハウス、というより懐かしい喫茶店みたいだ。『さくらんぼ』という名前も妙に可愛らしい。
「以前は確かに普通の喫茶店でした。その店を前のオーナーから引き継ぎ、僕がジャズのライブハウスを始めたんです」と現オーナー・岡田澄雄さん。
岡田さんはこの春まで現役のバス・トロンボーン奏者として『宮間利之とニューハード・オーケストラ』で活躍していた。演奏家としての経歴は華々しい。
18才で上京し、プロ活動開始。数多くのビッグ・バンドに所属した後、スタジオミュージシャンとして独立。ジャズ以外にもあらゆるジャンルの著名アーティストと共演し、録音に参加した曲は実に35000曲にも及ぶ。
しかし90年以降、電子サウンド化が進み、仕事は減少。音楽に対する業界の姿勢に疑問を持っていたちょうどその頃、行きつけだった喫茶店「咲蘭房(さくらんぼ)」に閉店の話が持ち上がり、岡田さんはジャズの店として引き継ぐことを決意する。
「その時にプレイヤーを引退するつもりでした。しかし宮間さんに引き留められ、演奏活動も同時に続けていくことに」と岡田さん。

『さくらんぼ』は、昼間は喫茶店として営業、土曜日と火曜日の夜にジャズ・ライブをブッキングしている。
オープン以来17年間の出演者一覧を見ると、岡田さんのジャズへの熱い想いがひしひしと伝わってくる。穐吉敏子、ルー・タバキン、ジョージ・ヤング、ボビー・シュー、エリック・マリエンサルなど著名な海外プレイヤーをはじめ、日本の第一線で活躍するジャズ・ミュージシャンの名前がびっしりだ。特にトロンボーンのライブには力を入れている。ジョージ・ロバーツ、ビル・ワトラス、ロイド・エリオット、ジム・ピュー、アンディ・マーティン、薗田憲一とデキシーキングス、早川隆章とT-Sliding、スライド・アライアンス、宗清 洋、向井滋春、片岡雄三、中川英二郎、藤井裕樹、TINTSなど。
「この店は、トロンボーンのライブに関しては世界一だと思っています」。
岡田さんにとっては神様のような存在、アメリカでも滅多にライブハウスに出演しないというバス・トロンボーン奏者、ジョージ・ロバーツは4回もここで演奏している。その彼から『トロンボーンの殿堂』とお墨付きをもらったのだという。岡田さんのバンド時代の『ジョージ岡田』という芸名も、もちろん彼から由来。またジョージ・ロバーツから贈られたトロンボーンは、ニューハード時代に使っていたそうだ。大切にしまわれているケースからそっと出してみせてくれた。

さくらんぼには、『Bones East』という学割制度がある。
全てのライブに適応される訳ではないが、加入するとチャージが1500円になり、ジャズ研やビッグ・バンドに所属する大学生に好評だ。人気の若手トロンボーン・カルテット、VOLTZ(朝里勝久・榎本裕介・川原聖仁・三塚知貴)のライブともなると、練習帰りの学生が押しかけ、持ち込む楽器ケースを店の外に出さなければならないほど一杯になるという。
「打ち込みの音楽をイヤホンで聴いているだけではだめ。若い世代にこそ、ライブの生の音を聴かせたい。それにはそういう値段設定にしないと。45年間、音楽で飯を食わせてもらった自分にできる恩返しかな。」

本物へのこだわりは音楽だけではない。
JBLのスピーカ−。有機栽培・フェアトレードのコーヒー。グルメレポーターも絶賛したカレーなどは出演するミュージシャンにも人気のメニュー。
「本物のナラの木で造られたお気に入りの場所が、人手に渡ってカラオケ店にでもなったら、いたたまれなかった。演奏する側からプロデュースする側にまわって、若い人を見るのはまた嬉しいもの。この空間を自分のものにできて本当によかったと思っています」。

岡田さんはお客さんのリクエストに応え、ご自身もビッグバンドのメンバーとして参加しているフランク・シナトラ香港公演のレコードをかける。そして、あのトロンボーンを手にし、曲に合わせてパートを吹いてくれた。
その柔らかな音は、店全体を包み込むように、いつまでもやさしく響いていた。