ジャズ探訪記
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Piano Hall SOMETIME(サムタイム)
サムタイムは明日も楽しい@東京・吉祥寺

東京・吉祥寺。ジャズを聴かせるライブハウス・カフェが軒を連ね、「ジャズの街」と呼ばれるようになって久しいが、今回訪れるライブハウス・サムタイムは、まさにその代表格。そもそも「吉祥寺をジャズの街に仕立て上げた男」こそ、この店のオーナーだった故・野口伊織氏。60年代から、斬新で洒落た飲食店を次々とオープンさせ、サムタイムは彼が細部に至るまでプロデュースした最初の店として今年35周年を迎えた。

「ウエストサイド物語」から着想を得、シカゴの地下街をイメージしたという店内は、ほぼ開店当初のまま。ワタシが会社の同僚と初めてここを訪れてからも20年以上経っているが、古びた印象は全くなく、むしろ時を経てアンティークの家具とともに、いっそう独自の輝きを増しているようにみえる。懐かしくもあり、新鮮でもある実に魅力的な空間だ。
「伊織さんはジャズをBGMに仲間とゆったり飲める店を目指していたようです」と店長の宇根裕子さん。
「コアなジャズファンの店、というよりも、一人でもふらりと立ち寄れて『サムタイムへ行けば今日も楽しいだろう』とお客さまに思っていただきたい。音楽にも食事にもお酒にもこだわりがありつつ、誰もが気軽に味わえるカジュアルな雰囲気、というのがこの店のコンセプトです」。なーるほど。
ライブハウスにはめずらしく、ボトルキープする人が多いそうだ。料理は定番メニューのほかに美味しそうな季節のおすすめも。ちなみに本日は、お店の人気メニューをいくつかオーダーしてみたが、ライブハウスということをうっかり忘れてしまいそうなお味と品揃え。うーんワインがすすみます、ってなんだかただのグルメレポートみたいになってきたが、ここからが本番。

7時半を過ぎた頃、おもむろに演奏が始まった。
渕野繁雄(sax) 大石学(p) 米木康志(b) セシル・モンロー(ds)という、月曜早々豪華なメンバーだ。さっきまでざわざわとおしゃべりしながら酒を飲み、賑やかに食していた観客が、急に音楽に集中し始めた。クールなプレイと熱い視線。喧噪が一流のジャズへとシフトする、サムタイム至福の時間帯だ。
あれっ、さっき「ジャズはBGM」って聞いたような……話が違う?というツッコミには店長宇根さんが答えてくれます。
「最初の頃は、演奏にかまわず、酔って盛り上がる方もいらっしゃいました。それがいつの頃からか、お客さまご自身が、もっとしっかり演奏を聴きたい、またミュージシャンももっと聴いて欲しい、という雰囲気に少しづつ変わっていったのです。」
そのことは3年程前にはじまった日曜日・昼のライブにもよく現れている。
吉祥寺は、週末は買い物客で賑わう人気の街。サムタイムはそのど真ん中にある。最初は新規顧客獲得のために不定期に開催されていた。すると、夜のライブなどにはなかなか足を運べない子育て中の主婦層、普段ジャズに接する機会のない客層に予想以上の好評を得た。チャージ1000円という値段の安さもあって、いまや毎週満席になるほど人気。確かに昼間にお茶しながら、ジャズの生演奏がじっくり聴ける店、というのは今までありそうでなかった。
さらにリスナーばかりでなく、ミュージシャンからも「夜のお客さま以上に真剣に演奏を聞いてくれるのでやりがいがある」「ジャズだけでなくボサノバやラテン、ワールドミュージックなど、夜のライブとは違った演奏ができる」と、こちらにも評判がいい。もともとこの店は「誰もが出演したいライブハウス」として、何ヶ月も先まで中堅・ベテランの実力派で出演予定が決まっているのだが、昼に新たなライブを設けたことによって、若手ミュージシャンにも演奏の機会が広がった。これも昼ライブの見逃せない効用だった。

サムタイムは年中無休。「現在のジャズ」を発信し続け、リスナーを育て、ミュージシャンを育て、ジャズを育て続けてきた。手元のスケジュール表は、今月も見覚え・聞き覚えのあるミュージシャンの名前でびっちりと埋まっている。
「ジャズをBGMに飲める」と始めた店が、35年を経てこんな変貌を遂げるとは、誰が想像できただろう。
だからこそ、サムタイムに行けば、「今日も、そして明日もきっと楽しい」、に違いない。

Piano Hall SOMETIME
●東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-31 B1F
●TEL:0422-21-6336
取材協力:BIGBAND!編集部
取材日:2010.11.29

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