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ジャズ探訪記関西を中心に、往年の名盤を聴かせるバーから、生演奏も楽しめるレストランまで人気のジャズスポットを紹介!

vol.136
CAFE INCUS(カフェ インカス)

ジャズファンを魅了する“スペシャルティ”な喫茶店
@東京・上野

銀座線末広町から徒歩5分、JR線御徒町駅や秋葉原駅からもほど近い。メイン通りを一本入った裏通りの角に、実にい〜い感じに建っている。
黒に統一されたシックな外観、大きな羽目ごろし窓の向こうに、ぴかぴかの焙煎機とキビキビ働く店主の姿がうかがえる。店先でウロウロしていたら向かいの建築現場の職人さんに「ここって有名店なんですか? かっこいいっすよねえ」と声をかけられた。
本日ご紹介する『CAFE INCUS』は、今年2018年2月にオープンしたばかり。開業からわずか3ヶ月、ツイッターにアップされるレコードジャケットが早くもネット上で話題になっていた。うーむ、VOL.133の『第三世代』の匂いがするな。
「いやいや、僕、ジャズ喫茶だなんてひとことも言ってないんですよ。ここはあくまでも普通の喫茶店です」と言い張る?のは店主の中野創一さん。

迎えて下さったその店内は外観同様、モノトーンで統一され、気品あふれるカウンター周りは壮観。市松模様の床に鋲を打った重厚なデザインの椅子。きっちり並べられたカップ&ソーサー。サイフォンやグラスは、窓から入り込む光にきらりと輝いている。そして特に驚くのは、ここでいただく珈琲の圧倒的な美味しさだ。
「僕はずっと珈琲屋です。自家焙煎の店を持つために珈琲店で20年以上、パン屋さんで5年ほど働いた。珈琲豆にはSCAAという団体が設定している国際規格があり、10項目の評価のうち80点以上の豆は『スペシャルティ』と呼ばれています。うちで扱うのはこの豆だけ。美味しさには自信があります。お客さまがまた来ます、と言ってくださる時がいちばん嬉しいですね」と中野さん。
店内は午前中だというのに、もう何人ものお客さまで賑わっている。カウンターで本を読む人、珈琲をおかわりしてる人、ほかほかの厚いトーストを美味しそうにほおばっている人。しかし、どう見てもみんな“耳ダンボ”になっていません? タダモノではない存在感を放つオーディオ類やざっと千枚は超えていそうなレコードとか、さっきから聞こえてくる音楽にしても、みんなが気にしていないはずはないと思うんだけど。
「音楽がかかっていないことも時々ありますよ。でも喫茶店なので、ずっと“無音”というわけにもいかず、自分の持っているレコードやCDを選んでかけているだけなんですけどねえ」。

中野さんがジャズを聴き始めたのは二十歳の頃。当時明大前に住んでいて、ある日前から気になっていたジャズ喫茶『マイルス』に足を踏み入れる。店主のママに「なにか聴きたいものある?」と聞かれ、カウンターに立てかけてあったレコードをリクエスト。それはコルトレーンの『セルフレスネス・フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス』だった。A面かB面かとまた聞かれ、「なんとなくツウっぽいような気がして」B面をチョイス。
「あ、これはすごい、と。翌日に早速渋谷のレコード店へ行ってみました。ところがコルトレーンのコーナーにたどり着く前にマイルスのところで『無人島へ持って行くなら〜』とか『とりあえずはまずコレ!』みたいなPOPにひっかかっちゃって(笑)。そこまで言うんなら、と手にしたのが『カインド・オブ・ブルー』。コルトレーンは『至上の愛』を買って帰ることに。もともとハードコアやノイズといったインディ系になじみがあったので、コルトレーンにも違和感はなく、変わったハードコアバンドという認識で聴けたのかも。そこから派生し、一巡するようにあれこれと聴いてきました」。
音楽の魅力は緊張感、とおっしゃる中野さん。お店にあるレコードの中から、今のお気に入りをいくつか紹介していただいた。ポーランドのRGG『Straight Story』、クシシュトフ・コメダ『Polish Jazz』、先ほどかかっていたイタリアのモダン・アート・トリオ『Progressive Jazz』、イギリスのエヴァン・パーカー『Monoceros』などなど。さすがに玄人好みの洗練されたヨーロピアンだ。
こうして中野さんとお話している間、カウンターの中は奥さまの久美子さんがフル回転。久美子さんの本業は別にあるが、仕事が終わるとほぼ毎日お店に来るという。「ただ音楽のことは、彼にまかせきりなんですよ。私はできることをサポートするだけですから」と久美子さん。
『CAFE INCUS』のオープンは今のところ、なんと朝7時。いちばん集中力のある朝を、もっとも大事な焙煎作業に当てるためだが「どうせ店にいるんならオープンしちゃえ」ということで始まったとのこと。朝日の中で、珈琲を味わいながら選りすぐりのジャズが聴けるとは。
やっぱり“スペシャルティ”なのは珈琲豆だけじゃなかった。