グラミー賞に2回ノミネート。2016年にはダウンビート誌のライジングスターに選ばれたオルガン奏者、パット•ビアンキ。オルガンの音色が好きでたまらないと言うパットはハモンドオルガンの鍵盤に触ると本当に楽しそうです。ジャズの老舗レーベル、Savantから初めてリーダー作をリリースしたばかりのパットにお話を伺いました。
アーティスト・インタビュー by マグワイア由紀子
Pat Bianchi(パット•ビアンキ - Jazz Organist)
1975年12月7日、ニューヨーク州ロチェスターで、祖父がプロのサックス奏者、父はプロドラマーという音楽一家に生まれる。7歳のクリスマスにオルガンをプレゼントされ、11歳でプロデビューして、地元のダンスバンドなどの演奏をするようになる。同時にピアノレッスンも受け、名門イーストマン音楽院の養成プログラムでピアノの特訓を受ける。バークリー音楽院に進み、ジャズピアノを専攻。しかし、ジョーイ•デフランチェスコに出会い、ピアノではなくオルガンの道に進むことを決意する。卒業後、コロラド州デンバーに移り、El Chapultepecというライブハウスの専属ピアニストになり、週6日毎晩演奏する。レッド•ホロウェイ、ダコタ•スタントン、カール•フォンタナ、ジェイヴォン•ジャクソン、マーク•エルフ、バッド•シャンク、コンテ•カンドーリなどと共演してデンバーのジャズシーンで活躍する。その頃レコーディングをしてオルガンの新星として注目を集める。その後短期間ニューヨークに移るも、すぐにコロラド州立大学ボウルダー校ジャズ科講師となってコロラドに戻る。2008年、意を決してニューヨークに移り、2009年よりルー•ドナルドソンのバンドに所属。2011年からはギターの巨匠パット•マルティーノのバンドに所属して世界をツアー。またティム•ウォーフィールド、チャック•ローブ、ラルフ•ピーターソンなどのジャズレジェンドのレコーディングにも参加する。現在はフィラデルフィアのテンプル大学とニューヨークのクイーンカレッジでも講師を勤めながら、巨匠と世界ツアー、そしてニューヨークのジャズシーンの中心を走っている。今後のジャズを担う実力派オルガニストである。
父のレコードを聴いて育った
── 音楽に関わったきっかけは何ですか?
私は幸運なことにとても音楽的な一家で育ちました。私の父はドラマーで、自分が所属するバンドと週末によくレコーディングをしたものです。私はそんな父のレコードを聴いて育ったのです。私は音楽にすっかり魅了されてしまい、幼い頃から楽器の演奏をしていました。多分7歳頃からだったと思います。
── ご家族には音楽家がいますか?
はい、たくさんいます。私の父方の祖父のパット•ビアンキはサックス奏者、母方の祖父のリチャード•ゾーナはトランペット奏者です。父はニック•ビアンキと言ってドラマーです。兄、叔父、そしていとこもミュージシャンという家系です。
── 音楽のキャリアを追求しようと思ったきっかけは何ですか?
実は、私は音楽をキャリアとして追求しようと思ったことはありません。音楽は、いつも自分の身近にあり、私がずっと努力し続けてきたことなのです。
── なぜオルガンという楽器を選んだのですか?
私は小さい時から父や、父のバンドのレコードを聴いて育ちました。そのレコードにはいつもオルガンの音が入っていたのです。とはいえ、私が当時聴いていた音は、オルガンではなく、コルドボックス(Cordovox)という、電子オルガンが組み込まれたアコーディオンでした。60-80年代に人気だった楽器です。ところが、私は本物のオルガンから始めました。7歳の時に「ファルフィーサ(Farfisa)」というオルガンをプレゼントされて、ピアノではなく、オルガンを弾くことを学んだのです。ピアノのレッスンは、ジャズピアノを勉強するようになってオルガンの後にしたことでした。オルガンの音色が大好きなんです。
まだ若いうちに「本物」の経験ができた
── 音楽はどのように学ばれたのですか?
最初は、自己流で、耳で聞いた音を再現して演奏していました。音楽家の一家ですから、家族からの手ほどきもありました。その後、イーストマン音楽院の準備コースでクラシックピアノや音楽理論を学びました。大学は、ボストンのバークリー音楽院でジャズピアノを勉強しました。
── あなたの音楽キャリアはどうやって始まったのですか?
11歳くらいの頃です。父がいたグループと一緒に時々演奏したのが始まりです。
── どうしてコロラド州デンバーに住むことになったのですか?
私がバークリー音楽院卒業の少し前のことです。ニューヨーク州ロチェスター時代から知っていたドラマーがコロラド州に住んでいて、デンバーのエル•チャプルテペック(El Chapultepec)という有名なジャズクラブのハウスバンドのピアニストのポジションに空きがあることを教えてくれたんです。そのクラブはたくさんの特別ゲストを呼んでハウスバンドのリズムセクションと一緒に演奏する形でライブをしていました。私はそこのピアニストになってダコタ•ステイトン、レッド•ハロウェイ、カール•フォンタナ、コンティー•キャンドーリ、バッド•シャンクなどの素晴らしいミュージシャンと一緒に演奏することになり、本当にラッキーでした。まだ若いうちに「本物」の経験ができたことは信じられないくらいすごいことです。
── 大学で教鞭を取ることはあなたにとってどんなことですか?
まず、コロラド州立大学ボールダー校で教える機会がありました。それは、それまでにやったことのない新しい経験でした。私がそれまで慣れていた音楽の世界とはまったく違う世界だったのです。そこで私は、他の教員からだけでなく、多くの学生からも多くを学ばせてもらいました。素晴らしい経験をさせてもらったと思います。現在は、ペンシルバニア州のテンプル大学とニューヨークのクイーンズカレッジで教鞭をとっています。
最も記憶に残る人はジョーイ•デフランチェスコ
── ニューヨークに移った理由は何ですか?
私は常々ニューヨークに住んでみたいと思っていました。なぜならニューヨークはジャズワールドの中心地だからです。とはいえ、ニューヨークに住むのは高額なので、お金を貯めてたどり着くまでに何年もかかりました。しかし、デンバーのライブ活動が少なくなってきた頃、自分から行動を起こさなければいけないと決心する時がやってきました。それでコロラドを離れ、ニューヨークに移ったのです。それから10年たちましたが、後ろを振り返ったことはありません。あの時引っ越すことを決めて本当に良かったと思っています。
── ニューヨークでミュージシャンであることについて教えてください。
ニューヨークのミュージシャンのレベルはとても高いので一緒に演奏するには色々な人がいて面白いです。しかし、その反面、音楽の仕事の数に対してミュージシャンの数が多いので競争が激しいことは確かです。 私は、決まったミュージシャンとニューヨークを出て世界をツアーができることに加えて、二つの大学で教えられるのでとてもラッキーです。
── 今まで共演した人で一番記憶に残る人は誰ですか?
私が演奏した最も記憶に残る人はジョーイ•デフランチェスコです。 短い期間でしたが、私がキーボードを演奏して、ジョーイがオルガンを演奏するグループを組んでいたことがありました。時々私は小さなオルガンを演奏させてもらうこともありました。しかし、ジョーイは私のヒーローであり、メンターだったので、数ヶ月間彼のバンドで演奏できたこと自体夢のようなことでした。 その他の人は、ルー・ドナルドソンとパット・マルティーノです。この二人と演奏できたことは私にとって本当に特別な経験でした。まだ生きているジャズの「マスター」はだんだん少なくなっています。パットとルーのどちらも何十年もジャズの世界で非常に重要なアーティストでした。ジャズという音楽の世界で活躍しただけでなく、ジャズの歴史に多大に貢献してきたこの2人のミュージシャンと演奏できたことは、私にとっては非常にスペシャルな経験でした。なかなかこんなジャズ・レジェンドと演奏できるチャンスはないと思います。
── ジャズギターの巨匠、パット•マルティーノとの出会いについて教えてください。
私はコツコツ演奏活動をしていただけでしたが、彼が誰かから私のことを聞いたようです。ある時彼のマネージャーから連絡があり、自分のCDを送りました。それからバンドに入れてもらいました。あれから7年ずっと同じバンドでツアーしていますが、巨匠と演奏するだけでなく、一緒にいることすべてに学習させもらっています。
── 演奏ツアーで大変だったエピソードはありますか?
何年か前、パット•マルティーノのバンドでロシアのモスクワで演奏する機会がありました。そこのハモンドオルガンの調子が狂っていて鍵盤と音が合わなかったのです。音が他の楽器から3度ずれていたのです。頭の中で音符を書き換えて乗り切りましたが、なんだか変な気分でした。 他には、飛行機の故障でフライトが遅れたりしたことが何度かありました。飛行場から会場へ車で乗り付けリハーサルなしでそのまま舞台に立ったことが何度かあります。その度にハラハラしたのですが、なんとか演奏はギリギリで間に合い、ほっとしました。
若いミュージシャンの皆さんへ
── あなたのようにミュージシャンとして成功するには何が必要だと思いますか?
何をするのでも、たくさん努力することが必要です。あなたにどれほど才能があったとしても、努力を怠ってはいけないのです。音楽、音楽ビジネス、仕事上のさまざまな人間関係など、多くの分野で必要なことは努力あるのみです。私自身には、何かをやり遂げたという実感はありません。私は音楽というものにとても長い時間向き合ってきただけなんです。成功とは、あなた自身が築き上げるものではないかと思います。成功するために「早道」などありません。たとえ「早道」があったとしても、それは長く続くとは限らないのです。
── ミュージシャンであるために最も重要なことは何だと思いますか?
私が今日ここにミュージシャンとしてあるのは、何人かの「巨匠」と呼ばれる人や私より年齢が上の、経験を積んだ素晴らしいミュージシャンの多くと共演する幸運に恵まれたからだと思います。私は、彼らから多くを学び、人間としてもミュージシャンとしても成長させてもらいました。それが私にとって重要なことです。
── あなたの将来の目標は何ですか?
パット・マルティーノのサイドマンとして日本に何度も行けたことは幸運でしたが、今後私がやってみたいことは、自分のトリオでツアーをすることです。 ギターのポール•ボレンバックと、ドラムのバイロン•ランドハムのトリオが連れて行きたいグループです。このトリオで日本などをツアーしたいと思います。 もう一つは、ライブレコーディングをしてみたいと思います。音を追求するのがレコーディングではありますが、ライブに勝るものはないと感じています。
日本の印象について
── 日本ではどこに行かれましたか?
そうですね、日本には何度も行きました。東京、大阪、名古屋などにツアーで行ってとても楽しかったです。残念ながら神戸は行ったことがないので、いつか近い将来演奏するチャンスがあればと思います。
── 日本の何が好きですか?
日本の人が好きです。ジャズを愛してくれる人がたくさんいることが嬉しいです。日本の人は、温厚で礼儀正しく、そして物知りです。何より音楽に対しての造詣が深いと思います。 また日本という国はとても美しいと思います。どこも風光明媚ですし、清潔です。 食べ物は、寿司はあまり得意でないのですが、麺類がとても好きです。ラーメンも好きですが、日本そばが一番の好物です。冷たいざるそばがとても美味しいと思います。秋葉原にお気に入りのそば屋があります。
── 日本のファンにメッセージ。
近い将来また日本で皆さんにお会いしたいと思います。待っていてくださいね!
[ RECOMMEND MOVIE ]
- Pat Bianchi In The Moment
[ Release ]
- Pat Bianchi / In the Moment
-
- Label: Bonsaï Music – BON160401
2016リリース
このCDでは私がずっとやってみたいと思っていたことをしました。それは、たくさんのスペシャルゲストを迎えて演奏するというものです。そのスペシャルゲストはもちろん私の友達なんです。このCDは、「友達」や「友情」という要素を加えたものにしました。そのおかげでもともと特別だったこのプロジェクトがさらにもっと特別になりました。
収録曲
1. Humpty Dumpty (Chick Corea) 3:41
2. Blue Gardenia (R. Russell / L. Lee) 7:20
3. Don’t You Worry ‘Bout a Thing (Stevie Wonder) 7:31
4. Mr. PM (Pat Bianchi) 3:45
5. Barracudas (General Assembly)(M. Davis / G. Evans) 7:47
6. Crazy (Willie Nelson) 5:24
7. No Expectations (Pat Bianchi) 6:52
8. I Want to Talk About You (Billy Eckstine) 5:42
9. Fall (Wayne Shorter) 7:10
10. Four in One (Thelonious Monk) 4:28
メンバー
Pat Bianchi (organ), Paul Bollenback (guitar, Tracks 3, 5, 6 & 7),
Byron Landham (drums, Tracks 2, 3, 5, 6, 7 & 8)
With Special Guests:
Peter Bernstein (guitar, Track 2), Carmen Intorre,
Jr (drum, Tracks 1, 4, 9 & 10), Joe Locke (vibes, Tracks 1, 9 & 10),
Kevin Mahogany (vocal, Track 8), Pat Martino (guitar, Track 4)
Recorded at Acoustic Recording Studios, Brooklyn,
NY on August 25 & September 1, 2016
■本作はオルガン・トリオ(オルガン、ギター、ドラムス)を軸として、ルー・ドナルドソン、パット・マルティーノとの演奏活動で知り合った数々の有名ミュージシャン達がゲストとして参加している。ニューヨークの売れっ子人気ギタリスト、ピーター・バーンスタインや名人パット・マルティーノが1曲づつ、ヴァイブの名手、ジョー・ロックが3曲に参加。また、バリトン・ヴォイスが魅力のケヴィン・マホガニーがビリー・エクスタインの名曲「I Want to Talk About You」をバラードで披露している。 (キングレコードインターナショナルより)