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ジャズピープル

[ 山野ビッグ・バンド・ジャズ・コンテスト関連企画 ]
良い人間関係を築き、イキイキとした音づくりを楽しむ

今回お話を伺ったのはトロンボーン奏者の池本茂貴さん。2017年の山野ビッグ・バンド・ジャズ・コンテスト(以下、山野BBJC)で、慶應義塾大学のライトミュージックソサイェティをコンサートマスターとして3連覇に導いた立役者です。今春からプロのミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせた池本さんは、ライブやレコーデイングなど様々なシーンで活躍しています。自身の音楽体験や、池本さんが考える”ビッグバンドのコンサートマスターについて”を語っていただきました。

person

池本茂貴(いけもと・しげたか)

兵庫県出身。中学生のときに学校のビッグバンドクラブでトロンボーンをはじめ、カウント・ベイシー、バディ・リッチなどを聴きまくる毎日を過ごす。高校3年生のとき、マリア・シュナイダーの楽曲を演奏するバンドに参加し、当時コンテンポラリーナンバーをメインに演奏していた慶應ライトミュージックソサイェティを目指すことに。大学入学後は同サークルの看板ソリスト&コンサートマスターとしても活躍。

interview

ビッグバンドから始まった音楽人生


── 音楽との出会いを教えてください。

 私の母がタカラジェンヌだったんです。幼少の頃から、週に何回見ているのかわからないくらい宝塚を見に行っていました。音楽がとても身近にあり、特にミュージカルが好きでした。その頃に聴いていたのはミュージカルばかりで、J-POPはまったく知らないというタイプの子どもでした。

── 最初に始めた楽器はトロンボーンですか?

 それが違うんです。友人のお兄さんがバイオリンを弾いていたのがカッコよくて自分もやってみたいと思いました。でも3、4年くらいで長続きはしませんでした。
トロンボーンを始めたのは中学に入学してから。運動部に入ろうと思っていて、陸上かアーチェリーかなと迷っていたんです。音楽系の部活動はビッグバンド部しかなく、顧問の先生から「池本くんはリコーダーがうまいからな、ちょっとおいでよ」とか言われて練習場所に連れて行かれ、そのまま何となく入部(笑)。そこで何の楽器をやるかということになり、本当はテナーサックスをやりたかったんですけど、人数が多かったので「じゃあトロンボーンでも」ということになり現在に至る(笑)と。

── ビッグバンド部では、どのような活動をしていたのですか?

 通っていたのは中高一貫校で、部内に中学生バンドと高校生バンドがあり、練習場所が一緒という環境でした。中学生はカウント・ベイシーの比較的やさしいナンバーや、グレン・ミラーの曲を演奏し、高校生になると少し難易度が上がってベイシーの難しめの曲やバディ・リッチなどが主な演奏曲でした。まれにラテン系の曲もやりましたが、基本的にはスイングばかりでしたね。
部には顧問の先生はいるのですが、特に合奏を見るわけではなく、学生の自主性に任されて練習を進めていました。部長とコンサートマスター、マネージャーがいてその3人が中心になって運営していくんです。中2のときにコンサートマスターをやり「スチューデント・ジャズ・フェスティバル」で初優勝することができました。高校のバンドはいわゆる強豪校のような感じでしたが、中学はさほどでもなかったので、ちょっとした快挙を成し遂げた、というようにも言われました。バンドをまとめていく楽しさや面白さ、いい演奏ができたときの充実感とか達成感のようなことを経験したように思います。
その頃には、スコアを眺めながら音楽がどのように作られているのかを考えるのが面白くなったり、バンドのサウンドが自分のアドバイスで変わっていく、ということを実際に目の当たりにして、コンマスという立場が面白いなと思い始めていました。
僕がジャズを始めたのがきっかけで、その頃から母親もジャズを歌うようになっていました。母のステージを見に行って、ミュージシャンの方と知り合いになったり、自宅に遊びに行かせていただいたりと、音楽的にはかなり恵まれた環境だったように思います。

── 中学、高校時代は充実した音楽生活の日々だったわけですね。

 そうですね、とても楽しかったです。中3のときに高校生バンドに入り、それから高校2年生で引退するまで、またビッグバンド漬けの毎日でした。メンバーみんなで演奏したい曲を出し合ったりして、かなり自主性を重んじた部活動だったと思います。進路は音大に行くことも考えていたのですが、仲良くしていただいていたプロのミュージシャンの方に、音大に行かなくても音楽は勉強できるし、とりあえず普通の大学に行って、いろいろ経験しておいた方がいいよ、と言われました。音楽で食べていくのが難しくなったときのために、大学を一度卒業しておいた方がいいということだったような気がします。
高校2年で学校のバンドを引退したときに、甲南大学や大阪大学のビッグバンドに参加させていただきました。高校3年のときに、ちょっとした企画バンドで、マリア・シュナイダーの楽曲を演奏する機会があり、コンテンポラリーのビッグバンドに興味を持ちました。山野BBJCのCDを聴くと、慶應義塾大学のライトミュージックソサイェティが、コンテンポラリーをよく演奏していたので、そこが志望校ということになりました。高校の先輩も何人かライトに入部していたこともあって、じゃライトを第一志望に、と。

── ライトミュージックに入りたくて慶應を受験(笑)。

 そうです、まさにそんな感じ(笑)。

ビッグバンドをつくり上げるのって楽しい!



── 慶應ライトでのコンサートマスターは2年生になってからですね。

 実は1年生のときに一度だけ、コンサートマスターをやらせていただいたことがあるんです。バンドメンバー内の何人かでコンサートマスターを担当してみようということになり、その何人かの中に僕も指名されたのです。1年生は自分だけで演奏者は上級生ばかり。とても緊張して、すごく怖かったけど、合奏は楽しかったです。思っていること、感じたことを言ったら上級生のメンバーにも褒められたので嬉しかったですね。

── 池本さんの「ビッグバンドのコンサートマスターのやり方」とは、どのようなものですか?

 いわゆる「コンサートマスターのメソッド」を習った訳ではないので、自分で編み出していった方法です。まず、コンテンポラリーとスイングではバンドを導く方法、やり方が違うように思っています。スイングの曲はテュッティでホーンセクション全体が同じような音形で動いていきますが、コンテンポラリー、例えばマリア・シュナイダーの曲はテュッティで動くことがほとんどなく、それぞれのパートで動いていったりします。だからというわけではありませんが、当初はスコアを見ても、それまで見ていたものとは異なる部分が多く、全体を見ることは難しくてできなかったんです。
そこで考えたのが、一つ一つのフレーズをどう歌ってくれれば綺麗に聞こえるか、ということ。まず声に出して歌う、何拍目の音をどうする、など自分で歌ってみてから言葉で説明するようになりました。合奏で出している音に何が足りないかを自分の中で考えて、ニュアンスやイメージを伝えるようにしています。この部分は渇いた音が欲しいとか、明るい音が必要なんだ、など言語化することが大事だと思います。

── 具体的に曲を仕上げる時の方法としては…?

 コンテンポラリーの楽曲を合奏でつくり上げるときは、まずタテのライン、つまりそれぞれのプレイヤーがある音符に対して同じ音の長さで演奏するということ、を合わせないとダメかなと思っています。とりあえず強弱記号は全部無視して、最初から全部mezzo forteで吹いていく。そこでタテ線をしっかり合わせるようにする。タテがあった段階で譜面通りの強弱記号に戻して、曲のイメージから歌い方を説明していくようなやり方です。

── ビッグバンドの「音づくり」については、どのように考えていますか?

 大きく分けて「楽器力」「表現力」の2つがあると考えています。「楽器力」は主に楽器の演奏技術面について。「表現力」は楽曲の解釈の仕方です。
ディレクションの仕方ですが、具体的にどういうことをやると「楽器力」が上がるのかを考えます。コンサートマスターの時は、一人ひとりに何が足りないのかを言い、課題曲を何曲か渡していました。その際に演奏上の注意ポイントも添えます。音程、音色、タイム感など、「楽器力」を構成する要素はいろいろありますが、自分に何が足りないかを自覚すれば上達は早いと思います。例えば音程が合わない人については、合奏中にずっとチューナーを見るように指示して、自分が今高いか低いかわからないかを確認してもらうようにします。
「表現力」については、先ほども話したこととも関係しますが、演奏する曲のイメージをつかむこと、明確にすることである程度はできるようになります。

── トロンボーン、トランペットなど、それぞれのセクション単位で考えていくと、それぞれをまとめていくには、どのような練習が効果的でしたか?

 ホーンセクションに関しては「ハモ練」を行いました。一人ひとりの音はちゃんと出ているけど、和音として聞こえてこないということがあります。セクション内で音が弱い人がいるのです。その場合は音の出し方や腹筋の使い方を指示したりします。例えばトロンボーンセクションの場合は、バストロンボーンがルートの音、3番が5度、1番と2番が3度と7度という重ね方がオーソドックスなパターンです。まずこれでハモれるか。音程とか息のスピード、音色が明るいかそうでないか、などを感覚的に覚えていくようにします。息のスピードを少し変えただけで、どれだけハモれるサウンドができるか、あるいはその逆もあります。それを全員が気づくようになれば格段にセクションらしさが向上するのです。
リズムセクションについては、譜面に指示が何もないことが多いです。それを楽しいと感じていたので、合奏中に考えながら細かい指示を出していき、作り上げていくようにしていました。事前に用意するのではなく、ぱっと思いついたものをやってみて、みんなに「どう?」と聞いて「かっこいい」となれば採用する。ビッグバンドにおいては、リズムセクションの表現がとても大事で、ホーンセクションの表現にどのようにプラスできるか。それを常に考えるようにしています。

── 山野BBJCでは慶應ライトを3連覇に導きました。コンテストの選曲はどのようにしていましたか?

 選曲はバンドのみんなで決めていました。アイデアを持ち寄って意見交換します。かなり長引くことも多く、年によっては難航します。このところの慶應ライトは、必ず一曲はオリジナルを入れるようにしていて、2016年はコンポーザーの挾間美帆さんに「Andromeda」という曲を、去年(2017年)はサックスプレイヤーのRemy le Boeuf(レミー・ル・ブッフ)氏に「Secondhand Smile」という曲を書いていただきました。コンテンポラリーのコンポーザーといえばマリア・シュナイダーが思い浮かぶのですが、僕が1年生のときにライトがいろんなコンポーザーに曲を依頼し始めていて、ビッグバンドやラージアンサンブルの面白い楽曲のコンポーザーをチェックするようになりました。ニューヨークで活躍している人が多く、その人たちの横のつながりで新しい人を紹介していただいたり、そうしてどんどん人脈が広がっていきました。

── コンテストに向けての選曲や練習は、どのくらい前から始めるのですか?

 スケジュールは逆算して計画します。コンテストが8月中旬くらいなので、演奏曲は5、6月には決めていました。オリジナル曲を依頼するとなると、ある程度の時間がないとコンポーザーには失礼になるので、その時間も考慮した上での設定です。演奏曲を実際に練習するのは約3週間。半年、1年かけて曲を仕上げる、というやり方もあると思いますが、長い間やって飽きてしまうのは避けたかったんです。それなりに慣れてきた、曲がこなれてきた感じと、適度な緊張感を持って一番のピークを大会に持って行くのが理想です。その3週間には合宿も入ります。合宿前にはタテを揃えたりとか、だいたいのところまで仕上げつつ。第1期、第2期みたいに明確に分けていたわけではありませんが、そんな感じで仕上がり具合を計算しながら進めていました。
コンテストの1週間前に身内だけのお披露目会のようなものをやります。若手OBの方々などに聴いていただいて、強烈にダメ出しをされてボコボコにされます(笑)。そのあとに曲のストーリーとか、イメージとかをバンドの全員で話し合います。ここの場面はどんな音が必要なのか、どういうシーンなのか、と。そのイメージにあるような画像をネットで検索して、曲のその箇所に来たら、その画像を全員に見せてストーリーを共有するようなこともやりました。そうすると格段に音が変わっていくんです。個人的にはコンテスト本番の2日前までメンバーに危機感を持たせたいというのがあって、この時期の仕上がりとしてはまずいなっていうオーラがバンド全体を包んでいる。それで、前日にリハーサルをやってみてみんなの気持ちがグッと盛り上がって演奏がすごく良くなって、これはいける!という雰囲気がうまれるように。そんなことを考えながらコンサートマスターをやっていました。まあ誘導といえば誘導ですね(笑)。性格悪くなっちゃうけど(笑)。

コンサートマスターの役割とは?


── 最近は学生バンドに指導することも多いとのことですが、コンサートマスターとして大事だと思っていることはなんですか? また、どんなことに気をつけながら指導をしているのですか?

 コンマスがメンタル弱いとバンドも良い音が出ないような気がします(笑)。僕は別に病んだりせずに結構楽しくやっていて、失敗とか考えなかったので、そういう感じだといいかなと。学生バンドの場合だと、コンテストともなると前の年と比較されがちなんですけど、そんなのはどうでも良いんです。いま、このメンバーが好きなコンテンポラリーのサウンドをこのメンバーで出来ればいい、その時のいい感じのカラーを出せれば良いって思っていたので、毎日楽しくやることを考えていました。それまでの先輩がやってきたことと明らかに違うなという認識もあるし、やり方は全然違うのだと思います。とりあえずコンサートマスターとしてバンドを明るくすることは毎日心がけていました。怖い、暗い、にならないように、合奏中も結構笑いが出るような、そんなことが大事なんじゃないかと思います。コンサートマスターが演奏者でもあるというケースでは、心がけとして周りをすごく聞く、聞いてあげる。もちろん自分はコンサートマスターなんで、吹けているというのが前提ですけど。山野BBJCの講評で、審査員から「トロンボーンの人が楽しそうでしたね」と言われたくらい楽しそうに見えるらしいです。実際に楽しんでるんですけど(笑)。演奏中に暗いのはダメかなぁ。譜面しか見えてない、とか。もっと周り見て回り聴いて楽しい感じを出せれば、聞いている人も楽しいし、音楽もイキイキすると思うんです。そういうのを心がけて大事にするように伝えます。

── 指導する上で、特に気にしていたことはありますか?

 学生、社会人の区別なく、どこのバンドもそうですが、ビッグバンドにはいろんな人がいて、それぞれ性格も違います。メンバーの中でも、この人はみんなの前で褒めた方がいいのか、みんなの前で悪い箇所や問題点を指摘した方がいいのか、個人的に声をかけた方がいいのか、というのを結構考えていました。みんなの前で言うと落ち込む人には絶対に言わないです。合奏が終わった後に普通に話している流れでちょっと話題にしたり、Lineとかでさらっと言うようにしていました。あと、この人は今日元気ないなとか、今日は乗ってきているなって感じることも多くて、その状況、その日によって合奏の仕方を変えていくこともアリだと考えています。

── バンドが上手くいくコツのようなものがあったら教えてください。

 いろいろな学校の学生コンマスから、「どうやったらバンドがうまくいきますか」などと聞かれることもあります。そういうときは「音楽以前に人間関係を見た方がいいよ」とアドバイスしています。そちらの方が結構重要だし、僕自身の経験でも実際に大変な時は結構ありました。例えば、次回のライブを最後に辞めたいとか言われるのです。そういうときに、僕としては辞めてほしくない気持ちがすごくあるんですが、学生なので勉強が忙しいとか、音楽のレベルが高くてついていけないとか、もう気持ちがネガティブになっているんですね。そのネガテイブな状況を脱却できるような策を一緒に考える。ビッグバンドは、人間の行うことだからキャラクターが必要だし、バンドがうまくまわるような人間関係をつくっていきたいなと常に思っていました。音楽的なレベルとか、楽器のテクニックなんかは先輩や専門家が教えればなんとかなる。人間の性格とかキャラクターとか、そっちの方を大事にしたいですね。
極論ですが、全員上手い人が集まっているバンドは、実はそんなにうまくないかもしれない、それなりの音は出ているかもしれないけど、いい音楽はできないんじゃないかとさえ思います。それくらい人間関係を重視したほうがいいんじゃないかな。仲のいいバンドはいい音が出ているでしょうし、コンサートマスターをやっていても楽しいですよね。もちろんバンドのメンバーも楽しく音楽をできるでしょう。そんな風に全員が感じるような環境になっていけば最高です。多くのバンドがそうなってビッグバンドを楽しめるといいですね。