ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドを聴こう7ーフリージャズ・ビッグバンド

ヨーロッパに目を転じると、オリジナル以外にもエリック・サティからエリントン・ナンバーまでを飲み込んで、それをヨーロッパ的解釈で演奏してしまう「ウィーン・アート・オーケストラ」が気を吐く。バンド名は優雅だが、実際の演奏は知性と狂気をカップリングさせる強烈なものである。イタリアにはその名も「イタリアン・インスタビレ・オーケストラ」がある。有名なバリサクのカルロ・アクティス・ダートをはじめイタリアのトップミュージシャンが勢揃いした超豪華メンバーで、コンポジションもすばらしく、世界中の音楽を集めてきてイタリアンテイストにぶち込んだような祝祭日的音楽に、ヨーロッパ的哀愁や現代音楽的知性も漂う。これは必聴である。

ヨーロッパとアメリカの架け橋となっているのが、ペーター・ブロッツマンの「シカゴ・テンテット」である。ドイツの重鎮ブロッツマンが、ノルウェーのマツ・ガスタフソン、ポール・ニルセン・ラヴらと、シカゴのケン・ヴァンダーマーク、ハミッド・ドレイクといった現代シカゴ派の若手たちを集めて組織したグループで、大傑作の三枚組をはじめ、すでに十枚近いアルバムをリリースしているが、シカゴにおけるフリージャズの伝統とヨーロッパにおけるそれが見事に融合して、いきいきとした音楽になっている。いわゆるパワーミュージックだが、めっちゃかっこええですよ。私にとって、来日してほしいグループのトップである。

最後に日本に目を向けてみると、梅図和時、原田依幸ら当時の若手フリー系ミュージシャンが集合した「生活向上委員会大管弦楽団」をはじめ、エリントンナンバーの持つフリー的側面を浮かびあがらせた「坂田明&ダ・ダ・ダ・オーケストラ」、知的なスコアと奔放なソロが楽しい「藤川義明イースタシア・オーケストラ」、スウィング・ジャズとフリーっぽいソロがすごくマッチした「山下洋輔パンジャ・オーケストラ」などいろいろあるが、フリージャズというより、かっちりしたコンポジションのうえにフリー的なソロを載せる、という方法論のものが多い。そんななかで現在、特筆すべきは「藤井郷子オーケストラ」と「渋さ知らず」の二つであろう。前者は、藤井郷子の独特のアレンジをその土地土地のミュージシャンを集めて、それぞれの解釈で演奏するところが画期的であり、たとえばニューヨークでの演奏とヨーロッパ、東京、名古屋、神戸……どれも同じにはならない。後者は、たくさんのミュージシャンを集めるものの、テーマはどの曲もほとんどユニゾンのリフで、オーケストラというより、まさに「ビッグ」バンドである。リーダー(ダンドリスト)の不破大輔はおそらく、この曲の演奏にはこれだけの数のメンバーが必要だ、というような発想ではなく、とにかくおもろいやつを集めて、「渋さ知らず」という坩堝のなかで、それらの個性がぶつかりあい、マグマのように溶け合って、最後に真っ赤な音楽の炎となって燃え上がるのを待っているのだと思う。かつてミンガスは、今のビッグバンドはどれもラウドバンドに過ぎず、私ならもっと少人数で同じ音を出してみせる、と豪語したが、「渋さ知らず」の場合は「人数を集める」ということに大きな意味があることになる。フリージャズ系のミュージシャンがビッグバンドを組織したがるのは、音楽的な意味だけでなく、そういった「おもろいやつらをいっぱい集めて、そのパワーを結集させたい」というところに本能的な狙いがあるのではないか。

さて、この連載を締めくくるにあたって、今書いたようなことは、学生ビッグバンドや社会人ビッグバンドにも当てはまる、ということを言いたい。プロのビッグバンドの場合は、どのメンバーが出す音にも音楽的な意味があるわけだが、アマチュアビッグバンドの場合は、老若男女たくさんの人数を集めて、その力を結集させる、というだけでも意味がある。大勢の仲間とわいわい言いながら、ひとつの目的に向かって音を出す。それだけで楽しいじゃないですか。若いやつ、生意気なやつ、うまいやつ、下手なやつ、昔うまかったやつ、練習熱心なやつ、なにもしないやつ、変なやつ、ヤバイやつ、アホなやつ……いろんな個性がそろって、なにかをやる、というところにアマチュアビッグバンドの醍醐味があるのです。サックスセクションが十人いたって、ボントロが一人しかいなくたっていいじゃないか。さあ、今週もがんばって練習に行こう!

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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