ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドを聴こう6ーモダン・ジャズ・ビッグバンド2

前回は、ディジー・ガレスピーのビッグバンドとサドメルに触れたが、それ以外にもモダンジャズのビッグバンドはそれこそ腐るほどある。なんでもいいから大編成であればゴージャスに見えるし、ダンスナンバーやポップチューンさえ演ってれば仕事がある……みたいなスウィング時代とはことなり、それぞれに個性がある。個性のないビッグバンドは、モダンジャズ期にはそもそも存在理由がなかった、存在そのものが許されなかった、といえるだろう。たとえばドン・エリスのビッグバンドは変拍子の曲をこれでもかとフィーチュアして名前をあげたが、実際、めちゃめちゃかっこいいのです。「これぞ」というアピールポイントというか拠り所のあるバンドは、それが凄さ、かっこよさにつながっていくのだろう。では、白人ビッグバンドの代表のようにいわれているウディ・ハーマンはどうだろう。初期のハーマンは、ビバップをがんがん演奏するバンドと思われていたが、今の耳で聴いてみると、まあモダンスウィングとでもいうんでしょうか、そんな感じだ。そのあとのフォー・ブラザーズ時代はたしかにばりばり個性的だが、クールジャズブームが去ったあとは、学生バンド出身のぱりぱりの若手を中心に、いわゆるモダンジャズのヒットナンバーを斬新にアレンジし、エレクトリックも導入して、先鋭的な演奏を続けた。でも……ウディ・ハーマン自身はぴー、ぴー、とチープになるクラリネットとアルトを吹いているだけで、なにをもって「ウディ・ハーマン・サウンド」と呼ぶのだろうか、なんやねんこのバンドは、といつも思っていた。求心的な個性が感じられないのである。バディ・リッチのビッグバンドは、ビッグバンド通にはつねに人気絶大であるが、私は同じ匂いを感じる。御大のバカテクかつハイボルテージドラムは超アップテンポでも一点のミスもない凄まじさだし、メンバーは常に一糸乱れぬアンサンブルをきかせるが、なんというか、バディ・リッチの興奮はジャズの興奮とは微妙にちがっているように思える。メイナード・ファーガソンも、そして、言ってしまえば、ボブ・ミンツァーも私にとってはこの系統である。つまり、誤解を承知でいえば、「破綻がない」のである。それにくらべて、スタン・ケントンとかは破綻しまくりだが、なーんかひかれる。この「なーんかひかれる」というあたりにビッグバンドとジャズを結びつけるものが隠されているような気がする。前回触れたサドメルなども、破綻につぐ破綻のバンドだと思う。モダンジャズというものをビッグバンドで表現しようと思うと、どこかで「即興とアンサンブルの融合」という問題につきあたり、それを解決しようと真剣になればなるほど、ビッグバンドとしては破綻の方向に進んでしまうのではないだろうか。

その意味で、最初っから最後まで破綻しまくり、というビッグバンドが、あのギル・エヴァンス・オーケストラである。オーケストラといっても、ものすごい大編成のときもあるし、数管しかない、コンボとどこがちがうねん、というような小編成のときもあるが、サウンドはどう聴いても「オーケストラ」である。つまり、すべての音がオーケストレイションされている。そして、全編に漂う「即興」の雰囲気。これはまさしく「ジャズ」だ。メンバーの誰かが、このリフを演ろう、とアピールして、みんなが「それ、いいね」と同意すればそのリフを全員で瞬間的にハーモナイズして吹くけど、「それ、だっせー」と思われてしまったら、誰もついてこない。そんな緊張の連続がいきいきした演奏を生むのだ。もちろん、最高のメンバー、それも単なる技術者ではない、キッタハッタの斬りあいの修羅場をくぐってきたような猛者を集めているからこそできる技なのだが、ときにはすべてが裏目にでて、演奏ダレまくり……ということもありうる。実際、生で聴いたときも、アルバムで聴いても、ギル・エヴァンスのバンドは、途中、かなり中だるみする。しかし、それを超えての高揚感は、ほかの凡百のバンドには真似のできないものであって、そういう数しれぬライブのなかから商品化する音源をチョイスすればいい、という考えかたなのだと思う。あかんときはあかん、ええときはめっちゃええ……これぞジャズではないでしょうか。しかし、一方では、お客さんは銭払て聴きにきてくれてはるんやから、いつも、ある程度以上のものは提供せなあかん、それが商売ちゅうもんだす、プロちゅうもんだす、という考えもある。これは好みの問題としかいいようがないが、やっぱりジャズなのだから、かっちりした譜面があって、なかなかむちゃくちゃはできない「ビッグバンド」という形態にも、ジャズのスリルが欲しいなあ、というのは無い物ねだりではないはずだ。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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