ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
いかにして客を集めるか

アマチュアバンドといえども、いや、アマチュアバンドだからこそ、客がいないと音楽が成立しない。プロなら、客がゼロの状態、いわゆる「ボーズ」でも、まあしゃあないな、で酒でも飲めばとりあえずその日はすむ。明日またがんばればいいし、それしかないのだ。しかし、アマチュアの場合はめったにライヴの機会がないわけで、下手すると二年ぶりの演奏会かもしれない。そのために忙しい仕事の合間をぬって週一回の練習を続けてきたのだ。スタジオ代だって馬鹿にならない。それなのに、ああそれなのに、ステージにあがってみたら客がゼロ。つぎのライヴの予定はない。これではなんのためにバンドをやっているのかわからない。とにかく客は集めなければいけない。

ときどき、
「俺たち、下手くそだしよー、あんまり客に来てほしくねーんだよねー、かっこわるいとこ見せたくねーしよー、スタジオで自分らだけで楽しんでるのが一番性に合ってらあ」

などという連中もいるが、それはまちがいである。うまかろうが下手だろうが、一生懸命練習してきたんだから、堂々と客のまえで発表するべきなのだ。落語家の世界では、
「客のまえで稽古しないとうまくならない」

という言葉がある。家でいくら稽古しても、上達はしない(もちろんそれも大切だが)。客のまえで、緊張しながら、反応を感じながら、恥をかきながら演奏する機会を増やさないとダメなのである。そういう演奏を聴かされる客こそ貧乏クジだが、落語家でもミュージシャンでも「客が育てる」ものなのである。若きコルトレーンのエピソードに、彼を雇っていたマイルスにまわりの連中が、
「どうしてあんな下手くそを雇ってるんだ」

と文句を言ったそうだが、マイルスはそういった声には耳を貸さず、コルトレーンを使い続けた。罵声を浴びながら毎晩ステージにあがり、若きコルトレーンはどんどん上達していったのである。彼はものすごく練習熱心だったそうだから、家でもひとりでめちゃくちゃ練習しただろうが、それだけではレベルアップしない。家で得たアイデアは客のまえで試してみないと身につかないものだ。だから、みんなとにかく人前で演奏しなければいかんのよ。ということはやはり、ライヴをするかぎりはひとりでも多くのひとに来てもらわねばならないわけだ。

さてその集客の方法だが、第三回「コンサートをどうやるか」にも書いたが、ビッグバンドの場合、メンバーが多いので、ひとりが三人ずつ客を呼べば、あっというまに五十人以上は確保できる……はずであるが、現実はそうはいかない。狭い店であまりに客が多すぎても困ると思ったから、今回はあえて誰も呼ばなかったよ……という連中ばかりで、結局客三人……ということもありうる(実際にうちのバンドでそういうことがあった)。だから、たとえ店が狭くてぎゅうぎゅう詰めで酸欠になりそうだ、と思っても、とにかくひとりでも多くの客を集める……これが鉄則だ。大は小を兼ねるというではないか。むりやりでもなんでもいいから、客に来てもらわう工夫をせねばならない。その案として、

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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