ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
アドリブをいかに学ぶか

これは私の例だが、とくにビッグバンドでソロを吹くときは、コンボのとき以上になにも考えないようにしている。フルバンでは、ここはテナーソロ3コーラス、とか決まっていることが多い。ほんとうはそういうことを考えながら(つまりソロの構成というか、このコーラスでもりあげて、ここで終わる、とか)吹くべきなのかもしれないが、私はそういうのはなんとなく嫌なので、まず頭を白紙にして、とりあえずマウスピースをくわえ、最初の音を吹く。あとは勝手にどうにかなるもんです。だって、いくら構成とかフレーズとかを考えていったとしても、ドラムとかベースとかピアノが煽ってきたりしたら、それに応じなくてはならないし、そこで、

「いや、俺は最初に決めたとおりやるんだ」

ということができますか? ジャズなんだから、そうはいきません。ついつい反応してしまう。だから、もうマイクのまえに立ったら、ばーーーーーっと吹けばいいんです。そんなでたらめに吹いて、コーラス数をまちがえたらどうするんだって? かまへんかまへん。まちがえたら、誰か(たぶんコンマス)が苦笑いをして、バックに指を一本立ててくれますよ。そうしてくれないコンマスは、ソロをちゃんと聴いていないダメなやつだし、コーラスがのびたぐらいでオタオタするようなバンドもダメです。「災害などの緊急時の訓練」(これについては次号)がちゃんとできていないとね。

うちのバンドでは昔、コンマスの発案で、ライブのときに曲ごとにソリストを決めず、ソロパートの直前にコンマスが「びっ」と指をさした人間がソロを吹く、という試みをしたことがある。これはおもしろかった。ふだんはだいたい、この曲のこの部分のソロはセカンドテナー、とか決まってるじゃないですか。それを一切無視したのである。これこそジャズの精神、即興の精神ではないだろうか。え? 結果はどうだったかって? いやー、みんな、自分が指をさされるんじゃないか、と中学の怖い先生の授業みたいに戦々恐々となって、譜面を吹くどころじゃなくなり、完全に崩壊しました。それ以降、そういう試みは二度と行われることはありませんでした。やはりそういうアホなことはギル・エヴァンスに任しておくべきですな。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
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