ビッグバンド漫談
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田中啓文のビッグバンド漫談
ビッグバンドをいかに維持するか

さて、そこからが問題だ。練習日前、メンバーに出欠確認の電話を入れると、
「悪い。その日ゴルフなんだ」
「家族サービスがあってさ」
「ただいま留守にしております。ピーという発信音のあとに……」

結局、一回目のときの三分の一しか出席しないことがわかる。当日、ふたをあけてみると、行くと言っていたのに来ないメンバーもいて、集まったのはわずか四人。しかも、四人目が来たのはスタジオのレンタル時間の終了間際である。
「悪い悪い。テレビでゴルフ見てたら寝ちまってさ」

この四人でスタジオ代を割ると、けっこうなお金につく。こんなことが数回続くと、キー・メンバーさえもすっかり意欲がなくなる。
それでなくても出がけには、
「せっかくの日曜日なのに、またバンド? たまには父親らしいことをしたらどうなの」
「俺がリーダーなんだから、行かなきゃしかたねえだろ」
「ふーん、家族よりもバンドが大事なのね。じゃあ、行ったら」

と嫌みを言われ、いらいらしながらスタジオにつくと、誰も来ていない……という状況では、やる気が失せて当然である。

だが、問題はメンバーの出席だけではないのだ。

所帯のでかいビッグバンドにとっては、練習場所の確保も悩みの種だ。総勢二十人にもおよぶ人数を収容できるスタジオなどめったにない。ロックバンド用のスタジオではまにあわないのである。そして、広いスタジオというのは、無論のこと使用料も高いのである。

いい譜面の入手もなかなか困難だ。よく流通している譜面は、学生のころにさんざんやりたおしたものばかりだし、珍しい曲、やったことのない曲をやりたくても、レコードコピーができるほど耳のいいメンバー、もしくはアレンジの才能のあるメンバーがいればいいが、めったにいないんですねえ、そういう便利なひと。しかたなく、プロのアレンジャーにアレンジをお願いすることになるが、そうなるとアレンジ料も必要だ。

主要メンバーの転勤も打撃が大きい。たとえばメインソロイストだった、めちゃめちゃうまいテナー奏者がある日突然、ノルウェーに転勤になってしまったらどうなるか。コンサート直前にリードトランペッターが抜けてしまったらどうなるか。
バンドの音楽性を一手に握っているバンドマスターがいなくなったらどうなるか。考えるのもおそろしい。

出演する場所がないのも、ビッグバンド特有の悩みである。小編成のコンボなら、チャージバックでできるジャズ喫茶やライブハウスでじゅうぶん演奏できるが、ビッグバンドとなると、かなりの大きさの店でないとむりである。むりやり詰め込んでみたものの、客を入れるスペースがなかった、ということにもなりかねない。となると、「第○回定期演奏会」みたいな形にしてホールを借りるしかないが、非常に賃貸料は高くつき、各メンバーに課せられるチケットノルマは半端ではなくなる。

このように問題の多いビッグバンド運営だが、大勢集まって「ドカーン!」と音をだす快感は捨てがたく、今日もまた新しいビッグバンドが居酒屋で結成されるのである。

最後に、私の経験から、ビッグバンドの維持のための効果的な方法を以下に列記しよう。
●メンバーだけに配るミニコミ誌をつくる(目的は、次回の練習日と練習場所をメンバーにきちんと知らせるためだが、
誌面でメンバー間の情報交換もできて楽しい。ただ、発行担当者はたいへん)。
●女性をメンバーに入れる(なぜか、男性メンバーの練習の出席率が異常にアップする)。
●役割を分担する(バンドマスター、渉外、練習場所確保係、譜面管理係など、それぞれに役割を与えて、参加意識を高める)。

まあ、こんなことをしてもつぶれるときはつぶれます。

著者Profile
田中啓文
1962年、大阪府生まれ。作家。
神戸大学卒業。1993年、ジャズミステリ短編「落下する緑」が「鮎川哲也の本格推理」に入選。
同年「背徳のレクイエム」で第2回ファンタジーロマン大賞に入賞しデビュー。2002年「銀河帝国の弘法も筆の誤り」で第33回星雲賞日本短編部門を受賞。主な作品に「蹴りたい田中」「笑酔亭梅寿謎解噺」「天岩屋戸の研究」「忘却の船に流れは光」「水霊 ミズチ」(2006年映画化)などがある。
http://www004.upp.
so-net.ne.jp/fuetako/
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