クリヤ・マコトのビックリヤ音楽鑑
インデックスページへ戻る
大統領の演説をプレイする奇人
Hermeto Pascoal(エルメート・パスコアール)

今、僕がやっているRHYTHMATRIX(リズマトリックス)というバンドは、ジャズとブラジル音楽をコラボレイトさせた新しい音楽をやりたいという気持ちから生まれた。僕以外のメンバーである、コモブチキイチロウ(b)と安井源之新(per)はブラジル音楽を基盤に活動しているミュージシャンで、当然ブラジル音楽への造詣も深い。今回はそんなブラジル音楽から一人の巨匠を紹介したいと思う。

ジャズとブラジル音楽をミックスさせたRHYTHMATRIX。左から安井源之新、僕、コモブチキイチロウ。

どこの国にもミュージシャン・オブ・ミュージシャンと言われる人がいるが、ブラジルの場合は今回紹介するエルメート・パスコアールがその人だ。ブラジルにはアントニオ・カルロス・ジョビンとかイヴァン・リンス、トニーニョ・オルタなどの素晴らしいアーティストもいて、サンバやボサノヴァなど素晴らしい音楽もあるけれども、あらゆる意味で皆が師と仰ぐのがエルメート・パスコアールである。

エルメート・パスコアールは日本ではあまり知られていないけれど、ブラジルでは神様のような存在だ。残念ながら、日本に伝わってくるミュージシャンと伝わってこないミュージシャンがいて、世界的な評価と日本の評価とはまた別の話になる。たとえば、日本ではポール・モーリアは非常に有名だけれども、本国での人気はそれほどでもなく、常に名声というのはいびつなものなのだ。
エルメートの洗練された音楽は、ブラジルのコンテンポラリー音楽を作る者ならば誰もが影響を受けているだろう。僕のバンドの二人も彼の影響を受けているし、ジャズで例えるならばマイルス・デイヴィスのような存在だと言えば分かりやすいだろうか。
ちなみに、僕がニューヨークに住んでいた頃に、エルメートのコンサートに行こうとしたら、僕の目の前でソールドアウトになってしまった残念な思い出がある。最近になって、ようやく東京でコンサートが観られたときはとても嬉しかった。

音楽だけでなく容姿もインパクトのあるエルメート。1977年にリリースされたアルバム・ジャケットから。

エルメートの音楽はソフィスティケイトされているのと同時にものすごくプリミティブである。頭の良い人間でないとできないかと思えば頭でなく体で感じろというプリミティブな側面もあって、そういった自然の豊かさや美と人間の知性との融合が素晴らしいのだ。
そもそも、ブラジル人は「マッチ箱があるだけで、マラカス代わりに振ってサンバのリズムを刻む」と言われているように、一般の人でも自然と音楽が身についている。僕はそれが素晴らしいと思う。
エルメートも同様に、ピアノも弾くんだけれどもサックスも吹く。全部で60種類の楽器を一人で演奏しているアルバムもある。一人で多くの楽器を演奏する人というのは、実際のところ結局どれも及第点以下の人が多いのに対して、エルメートは何を演奏しても上手い。プロ顔負けというレベルではなく、プロ中のプロも裸足で逃げ出すほどのクオリティでやってのける。
そういうふうに、マッチ箱から始まって、楽器はもちろんのこと、目の前にある自然やモノがすべて音楽になってしまうのだ。そういう背景があって、初めて今回のタイトルにした「大統領の演説」に行き着くわけである。
彼にかかると大統領の演説も音楽になるし、お母さんと子供の会話だって曲になる。彼はとても豊かなヒゲの持ち主だが、自身のヒゲすらも楽器に変わる。初めて聞いた人は必ず驚くこと間違いない、と断言できるくらい、ちょっとあり得ないほどのすごさだ。

然は音楽である」というすごくピュアなところで音楽をやっているので、これを入口にしてエルメート・パスコアールの素晴らしさやブラジル音楽の素晴らしさに気付いていただけたらと思う。現在のブラジル音楽は、サンバやボサノヴァに留まらず、とても面白いR&Bやクラブミュージックも生み出されている。新しい音楽を生み出すためにはミックスすることが必要だということを彼らは知っている。そのさまざまな要素を取り入れて音楽にしてしまうという原点は、エルメートの音楽に集約されていると僕は思う。
*ソフィスティケイト…洗練された、プリミティブ…原始的な、未発達な、自然なままの

Hermeto Pascoal (エルメート・パスコアール)

ブラジルの演奏家、作曲家。ブラジル音楽の鬼才とされ、数多くのミュージシャンからリスペクトを受けている巨匠。マイルス・デイヴィスの1970年発表のアルバム「Live Evil」に楽曲提供もしており、ジャズファンにはそちらもオススメ。

エルメート・パスコアール公式サイト(ポルトガル語)
Festa dos Deuses (神々の祭り)
PAGE TOP